BLOG TOPへ

2008年07月15日

天然記念物が食べられるのか

過食のオコチャマ・来栖けい氏の公式ブログを見てビックリ。天然記念物の「見島牛」を食べたと豪語しとります。7/12付け
http://www.kurusukei.com/

でもこれって雄牛で天然記念物ではないでしょう。
検証精神のないご本人は信じているのでしょうが、本当の天然記念物の牛は「ミシマウシ」と片仮名で表記されるとのこと。(山口県県庁の畜産振興課に確認済み)
実際、天然記念物を食べられる訳がなく、主に雄牛が月に1頭ほど、見島という島から連れ出された瞬間、天然記念物から解除され、それを加工して「見島牛」と漢字表記されて売りに出されるのです。
島に居る間は天然記念物なので、島内では加工できないそうです。
見島で食べられたとしてもそれは島外で加工した雄牛を再び持ち込んだ肉だというのです。

島内に居るときは確かに天然記念物だったので嘘ではないですが、おそらくオコチャマは「ミシマウシ」と「見島牛」の違いを確認していない。
というか、「見島牛」を天然記念物と思っているに違いない。

だいたい彼が絶賛している大田原牛も去勢が多いのですが、和牛で重用されるのは臭みのない処女牛のはず。去勢とはいえ雄というだけでワンランク下がるのが世間の見方だと思います。
そんなことは彼の個人的に親しい炭火焼きステーキ屋に聞けばすぐわかる事なのですけど。

2008年07月14日

ミシュランの評価システムを再考してみました

相変わらず「モウラ」のコメント欄が炎上に近く、内容も2ちゃん化した投稿が多くなってきました。講談社とサイト管理会社が、よほどの内容でない限り規制はしないという立派な方針を立てている結果でして、これは一種の自業自得と甘んじて受け入れております。

さてそんな変な書き込みの中で、ちょっと考えさせてもらったというか、あらためてミシュランの評価がいい加減だと再確認したキッカケのコメントがありました。

「ミシュランは合議で判断している評価システムなので信頼できる」。

本当にそう信じていらっしゃるなら正に友里が言うところの「純粋な読者」であります。1500店のプレリストから5人だか6人の調査員が1年半で3回から5回も訪問したことになっておりますが、昼夜訪問したとして(夜しかやっていない店も結構ある)、物理的に各調査員が複数回店を訪問することは不可能です。つまり調査員全員でもって複数回行くのが関の山、訪問しないでその「合議」に参加する調査員も多いと言うことです。
そんな合議、意味あると思いますか。
また、仮に全員が訪問していたとしても、味のわからないレベルの低い人たちが何人集まって合議しても意味があるとは思えません。なぜ、ミシュラン調査員に個々のレベルについての疑問が少ないのか。

ミシュランの最大の欠陥は、各調査員の顔というか個性がわからないことです。
覆面でも構わないのですが、5人、6人いるという調査員各人のコメントを発表していないので、その資質がまったくわかりません。どんな判断基準をもっているのか、どんな料理を評価する人なのか、がまったくわからないのです。
もしかしたら、6人もおらず、適当に評価しているだけではないか。ミシュランは肝心な調査員を秘密にして逃げていますが、本当に複数人存在しているのか、まともに調査しているのかも本当のところはわかりません。
私の言動には懐疑的なのに、ミシュランの言うことは頭から信じる方がいらっしゃるのが不思議であります。

味の志向は人それぞれ違います。絶対はないのです。どんな料理が好きなのか、どんな意見を持っているのか、といった評価する人の考えがわかってこそ、自分の意見と対比することができ、結果参考にする事が初めて出来ると思います。
それこそ「どこの馬の骨」かわからない、しかも本当に6人いるかもわからない、そして本当に店へ行っているかもわからない「調査員」たちがいくら集まって合議しても、それを素直に信じるのはあまりに脇が甘いのではないかと再考した次第です。

「調査員はミシュランの基準で選んで3ヶ月研修したから大丈夫」と言ったもの勝ちでその調査力を誇っていますが、誰も第三者的に証明できない内容なんですね。
100年以上前にこのような評価をしたガイドはなく、それはそれで存在価値があったと思いますが、フランス版からして実は元々たいした「評価」をしていなかった「適当なガイド」であった可能性もあるわけです。
それを我々は金科玉条として信じてしまっただけではないか。

同じ合議なら、未だ各人の顔が見える「東京最高のレストラン」の方が、評価結果の信憑性は別にして、利用価値があると考えます。

2008年07月07日

変わり身の早さに呆れるばかり、山本益博さん

何人もの読者の方々からチェックしろと教えられたのが「週刊 東洋経済 6/28号」でした。友里と普段は全く縁がないこの手の経済週刊誌、早速購入しました。問題のところは、「ホテル&レストランの秘密」という特集記事の中の、「食のオピニオンリーダーたちがミシュランに一言」と題するページの自称料理評論家である山本益博氏の発言であります。

日本にフレンチを定着させた「レカン」「アピシウス」「コートドール」などに星を与えず、敬意を払っていないことにはがっかりした。

昨年末からミシュラン叩きが鳴りやまないと思って一気に舵を反対方向へ切ってきたのかマスヒロさん。発売直後は「次郎」などへ押しかけて嬉しそうにTVカメラの前ではしゃいでいたではないですか。
しかし許せないのはこの2月に発売された「PLAY BOY 3月号」での「ミシュラン・ガイドの裏事情を語る」という対談での発言であります。宇田川悟氏、横川潤氏、伊藤章良氏との対談で、巷のミシュランの評価への批判に対し、下記のようにミシュランを擁護して「コートドール」を切り捨てていたのです。

コートドールや北島亭が入ってないって意見があるけど、今回『ミシュラン』が星つけたのは、07年の空気がお皿の中に漂っているところだと思う。だから時間が止まった料理、10年前、15年前、20年前と変わらないような料理は、おいしくても評価しないんだよ。『ミシュラン』は「日本人のフランス料理」じゃなくて「現代日本のフランス料理」を作れって言っているんだ。

これらの店は、発売前は1つ星をとると思っていたとの発言もありましたが、この変節ぶりがいかがなものか。「化石料理」みたいに評していたのに、何が「敬意」なのか。単なる「功績」だけで現在の評価をされたら、斉須氏や北島氏も嬉しくないと思います。

発売直後はミシュラン擦り寄りが見え見えながら、年明けてから若干批判をするようになりおかしいなと思っていたのですが、ここまで無責任に主張を変更するとは思いませんでした。
この業界で長く稼ぎ続けてきたその処世術から、ここはミシュランに批判的になった方が得であるとの「嗅覚」が働いたのでしょうか。
最近は「食べ歩き手帳」でミシュラン掲載店を食べ歩き、批判的なコメントを多く残していますが、ここまで自分の損得のために主張を変える評論家存在していて良いのか。
山本益博氏の辞書に「矜持」という言葉はないことがわかりました。

最近はさかんに「龍吟」を3つ星に推すと発言しています。幻冬舎の見城社長の糾弾内容が未だ忘れられていない現在、マスヒロさんに名指しされた店は色眼鏡で見られかねず、かえって迷惑になると言うこともおわかりにならないKYな方でもあるようです。

2008年07月03日

自称ノンフィクション作家・神山典士氏への最後の一言か

いやー、この自称ノンフィクション作家、出版した自著の宣伝を自分のサイトではげしくやっています。
http://the-bazaar.cocolog-nifty.com/

7/2現在、本からの長文引用を3回もやっています。こんなに一人で宣伝に明け暮れる作家を私は見たことがありません。プロファイル同様、「大仰な文調」を自ら開示してしまっていますから、これを見た人が果たして購入に踏み切るかどうか。何しろ対象者に「盲目的にのめり込んだ」立ち位置がわかってしまうし、文章に「切れ」や「メリハリ」がないのでとにかく読みにくい。
私はかえってマイナスになっていると考えます。

ところでこの自称ノンフィクション作家、料理の事に詳しくないと思っていましたが、7/1付けのダイアリーでまったく「ド素人」の発言をして松嶋啓介氏の多店舗展開を弁護しているではないですか。
読み苦しいでしょうが、まずはぜひお読みください。

今や店ヨイショ(自分のアドヴァイスを相手にしない店だけには厳しい)に徹する山本益博氏の言葉まで引用して、「シェフ不在の店」でもクオリティが落ちないと弁解しているのです。

イタリアの3つ星レストランで食事したときのこと、素晴らしい料理だった。食事後現れたシェフに、素晴らしかったと伝えると、そのシェフは言いました。料理を考えたのは私ですが、つくったのは私の部下です。彼らを褒めてください、と

しかしこれは、このシェフが「謙虚」な人だっただけの話なんですけど。
今時マスヒロさんの言葉を引用する時点で終わりでしょう。食通や外食好きにそっぽを向かれることをご存じないのか、マスヒロさんを信じる「純粋な方」だけを狙っているのか、どちらにしても賢明であるとは思えません。

つまり日々お客様を迎えてビジネスとして成立しているレストランであるなら、その料理を生み出すのはシェフの仕事でも、日々それを再現するのは必ずしもシェフの主要な仕事ではないはずなのです。 それはオーケストラの指揮者と同様です。指揮者は100名を越す演奏家の最大限の力を引き出すものではあるけれど、自ら演奏する者ではない。

確かに料理長兼主人の店の中には、料理長が自ら手を下していないところもあるでしょう。実際の調理はスタッフだけのところはあります。
でも、シェフが居るのと不在では、大きな違いが出るんですね。
まずは緊張感。そしてシェフの指揮権であります。
神山氏はバーンスタインとオーケストラの話まで引用していますが、かえってやぶ蛇。オーケストラの音は楽団員だけが出していて、指揮者はまったく演奏していません。
でも、指揮者によって同じ曲で同じオーケストラでも演奏内容が異なるから、世にはピンからキリまで指揮者が存在するのです。
また、指揮者が練習の場だけに同席して、本番でタクトを振っていないコンサートがあったとしたら、客はどう思うでしょうか。
一日や二日の不在ではなく、ニースで鍋振っている(ホールで客相手している)ならば、来年オープンするという青山の店は長期不在となるはず。このような店は、任せる「雇われシェフ」の器に見合うクオリティしか保てません。決して松嶋氏が毎日つめる店と同じクオリティを保てないという簡単な事が、「ケイちゃん」に盲目的な自称ノンフィクション作家にはわからないようです。
ムーティが辞めたスカラ座の楽団が半年後、ムーティのいた時を思い出しながらムーティ不在で演奏したとして、それで「ムーティ」の看板を掲げられるか。
指揮者が遠方からメールや電話で指示するだけで、指揮者として君臨出来るというのか。

外食をよくする人ならば、シェフ不在の時の経験があると思います。先入観も若干あるでしょうが、食後感の違いは大なり小なり感じているはずです。
かくいう私の本業も零細企業でありますが、実務は社員がやっています。だからといって、私がほとんど出社せず会社に顔を出さないで大丈夫か。アンチには「その方が順調になる」と言われるかもしれませんが、中小企業を少しでもご存じの方でしたら、私の主張は間違っていないと思われると確信しています。
つまりこの神山典士氏は、料理界だけではなく、音楽界、実業界のこともほとんどご存じないということです。
今はネット社会ですから、有名人の言葉などの引用は簡単です。しかし、それは実践や経験があってはじめて生かされること。勝手な解釈は墓穴を堀るだけであります。

しかしこの自称ノンフィクション作家、「ケイちゃん」、「ケイちゃん」と若き一つ星シェフにコバンザメのように張り付いていますが、今年でもう48歳になる立派なお年の方。どうみても軽薄さだけしか感じないのですが、癒着と共にそれがまったくわかっていないところが、神山氏の悲劇、いや喜劇といえると思います。

2008年06月23日

またまた料理人を「勘違い」させる寄生ライターが現れた!

「日本フード・ジャーナリスト会議」に関するネタをネットで探していたら、
ノンフィクション作家・神山典士(こうやま のりお)氏のサイトにたどり着きました。まずはご覧ください。
http://www.the-bazaar.net/index.htm

トップページでは男性版「関谷江里子」さんではないかと見紛う強烈な「赤」が目立ちます。かなり自己陶酔と自己顕示欲の強い方のようで、プロファイルにある「大河プロフィール」は頭が下がるというか滑稽というか。まったく知らないライターだったのですが、ある程度メジャーであるならここまで「しつこい」プロファイルを書く必要はないでしょう。書けば書くほど自分にのめり込んでしまうナルちゃんであるとも推測します。しかし私が彼の体型だったら、全身写真をサイトに貼り付けることはしませんが、このKY、自己陶酔、自信過剰、自己顕示欲の強さにはただただ驚くばかりであります。

さてこのサイトの「what’s  new」の6/6のところに「日本フード・ジャーナリスト会議」(なぜ「フー○」と伏せ字をするのか。ノンフィクション作家とは思えない弱気な方)でのナレvs 横川潤 対談のことが書かれています。
ナレ氏に質問をし続けた特定の質問者に対する問題提起、ある意味真っ当なところもありますが、この神山氏、飲食業界のことをほとんどご存じないようです。

どこの世界に「自腹で野球を見ている」ことをいばる野球評論家とかスポーツ・ジャーナリストがいるかっつーの。

この飲食業界で「自腹」の評論家やライターを探すのが難しいのをご存じない。取材にかこつけてグルメ雑誌の編集者達は、レセプションやオープニングパーティ、店訪問をはしごしているはず。可処分所得から支払っている人なんて数えるほどしかいません。
野球評論家やスポーツ・ジャーナリストもチケット買って入場している人はいないでしょう。威張る野球評論家やスポーツ・ジャーナリストが居ないのは、「自腹自慢」が出来ないからなんですけど、そんな世のシステムもご存じない純な方のようです。
しかも、この人、あの料理人に寄生してヨイショ本を出し続け、辻口氏、荒木氏など何人もの「勘違い料理人」を排出した浅妻千映子氏と同じく、ある料理人に寄生して「ヨイショ祭り上げ本」を出版するようです。
日本に凱旋帰国したがっていると以前から漏れ聞いている(一説には来年に出店するとか)松嶋啓介氏のヨイショ本です。
http://www.gillie.co.jp/g_club/seminar2008/0618.shtml

いつから松嶋氏に接近したのかしりませんが、かなりのめり込んでいるというか、これからの飲食業界での人生を賭けんばかりの入れ込み、寄生ぶりであります。
http://the-bazaar.cocolog-nifty.com/

写真を見る限り、すでに松嶋氏の「勘違い度」はかなり高いようですね。

しかし、数ある神山氏の出版本の中で、料理関係は2005年に出した「初代総料理長サリー・ワイル」の1冊しかないのではないか。
http://www.7andy.jp/books/detail/?accd=31586504

早速この本(サリー・ワイル)を購入しちょっと目を通してみましたが、彼のサイトでの発言も含めての感想を言わしていただくと、「レストラン食べ歩きの経験や知識は一般人並かそれ以下ではないか」と思うに等しい方。「日本フード・ジャーナリスト会議」の主宰者と同じく、グルメが「商売」になると嗅ぎつけてこの世界に乱入してきたと思われます。
ミシュラン一つ星をとってからのインタビュー発言やフォーシーズンズホテルでの凱旋フェアでの態度を見る限り、松嶋氏はかなり自信過剰で大言壮語の人のように感じていたのですが、そんな若き料理人に寄生して、こんな「ヨイショ本」を出してしまっていいのだろうか。
まだ30過ぎたばかりの若人の本を、自分の誇大妄想的「大河プロフィール」のように「立身出世物語」、「大河ドラマ」に仕立あげて何を目指しているのか。
ただでさえその素養がある松嶋啓介シェフを完全に「勘違い料理人」に祭り上げてしまうだけではないか。

あ〜、やっぱり日本には、料理を批評する文化が育ってないんだよね。ミシュラン出たら新聞の週末に「料理批評欄」ができるかと思ったけれど、今のところそれもないしね。 ぜひ書きたいな〜。週末の料理批評。それが出ることで料理人が奮い立つような、そんな批評を書きたいですねぇ。ま、それがボクの仕事なのかどうかはまだわからないけれど。

ここまでの「天唾発言」笑っちゃいます。彼がやっている「ヨイショ」、「祭り上げ」、「料理人寄生」は、「批評」とは対極にあるものだということがわからない自称ノンフィクション作家の神山氏。
日本に料理を批評する文化が育たないのは、神山氏のような人の存在を許すマスコミ業界の「似非ジャーナリズム」と飲食業界の「批判を絶対受け入れない」という閉鎖性が原因なのです。
商売になると思うと介入してくる「嗅覚」だけの自称ジャーナリスト、自称評論家、自称ノンフィクション作家の「駆逐」こそが、料理評論文化の健全な発展になるということが、この方には永遠にわからないと思います。


2008年05月19日

ワインプライス革命への疑問

読者の方からの情報です。なんと「ひらまつグループ」は、「ブラッスリー・ポール・ボキューズ」の各店で提供するワインの販売価格を、ワインショップなどの小売価格と同等の価格に改定するというのです。まずは下記URLのプレスリリースをご覧ください。
http://www.c-direct.ne.jp/public/japanese/uj/pdf/10102764/20080512152474.pdf

驚きました。日頃ワインの値付け(仕入れ値への掛け率)が高い店が多いと問題提起している友里の口をふさぐ戦略、もし本当ならば「ひらまつグループ」の英断に拍手であります。

しかし大きな疑問が沸いてくるのです。
「ひらまつグループ」の経営理念である「日本におけるヨーロッパ文化の普及」の一翼として実施し、「日本において更なるワインの普及を目指す」、と崇高なお題目を唱えておりますが、本当に文化とワインの普及を目指すなら、この「プライス革命」の対象店をブラッスリーブランドの5店だけに絞らず、グループ全体の20店にするべきではないか。なぜ「ブラッスリー」だけでしか実施しないんだ。「ポール・ボキューズ」ブランドでも代官山の「メゾン」は対象外なのはなぜか。

はっきり言わせていただくと、プレスリリースにも最後の方で書いてありますが、「ブラッスリー・ポール・ボキューズ」各店の集客力を「更に」高めるのが主目的の、「窮余の一策」であると考えます。
ボキューズさん、日本への進出はこれが3回目のチャレンジなんですね。古くは銀座、比較的最近はアークヒルズで「ボキューズ」ブランドの店を出していました。銀座店(ミッドタウンのジョエルさんがシェフだったはず)の閉店理由は知りませんが、アークヒルズの閉店は客が来なかったからだと聞いています。
いつ行ってもガラガラで、閉店1年前には今回と似た「窮余の一策」というか「奇策」を打ってきました。ワイン価格を今までの「半額」にするという、ワイン好きには涙が出るほどうれしい方針です。逆に言うと今までが高すぎたということですけど。
私も釣られて何回か訪問しましたが、それでもそれほど客は増えず、閉店してしまったのです。

この「ブラッスリー」は、もう二度と日本へは進出しないと決めていたボキューズさんを、平松氏が必死に口説いての3度目の上陸だと業界から漏れ聞いております。
つまり今回の「窮余の一策」は、それほど「ブラッスリー」の集客が芳しくないことの証左であると考えます。
集客力を「更に高める」のではなく、単に「集客力を高めたい」だけの戦略と読みました。
以前のブログにも書きましたが、六本木の「ミュゼ」、夜は悲惨です。昼もオープン当初の行列はなく、11時に行っても入店できるようです。
こう書いてしまってはボキューズさんに怒られるかもしれませんが、どうやら「日本ではボキューズさんは通用しにくい」と言うことでしょうか。

「ヨーロッパ文化とワインの普及」と崇高なスローガンを抱えていながら、実施は「ブラッスリー5店」の限定。客が入っていない店でこの「革命」をするより、順調な「ASO」、「ひらまつ」の各店、そしてワインに詳しくない人が多く集まる「ブライダル バンケット」で「ワインプライス革命」を実施する方が、よほど「ヨーロッパ文化とワインの普及」に貢献できると思うのは友里だけでしょうか。
はっきり「ブラッスリー救済」が主目的と開陳した方が座りは良いと思います。

そしてもう一つの疑問。「ワインショップの小売価格」とはどんなものか。確かにインポーターの中には、「希望小売価格」を出している会社もありますが、私の知る限り、「ワインショップ」の価格はまちまち、つまりピンからキリまでであります。
ですから、保管など品質を考慮しながらも、ワイン好きは安いワインショップを探し回る、国内・海外オークションに参加する、海外のマーチャントから購入する、といった行動に出ているのです。
同じワインでも、「高いワインショップ」の方が「安い値付けのレストラン」よりワイン価格が高い場合があるのです。
たとえば広尾のフレンチ「ボン・ピナール」。この店売りのワイン価格より高いワインショップはかなりあるはずです。

まずは平松氏に「ワインショップの小売価格」とは何なのか、を要求したいです。
ワインショップの利益幅(2〜3割)を仕入れに乗せても「ワインショップ価格」は出来上がるわけですから、「革命」といえるプライス設定ではないと私は考えます。

最後に。リリースにある「収益に関しては若干ワイン原価率が上昇する」という意味がわかりません。
ワインショップ価格に改定してなぜ仕入れが高くなるのか。回転が速くなるので在庫期間も短くなり、原価的には有利になるはずなんですけど。「収益率が減少するが、集客力が上昇し、結果増益になる」はずです。(本当に客が増えた場合に限ります)
おわかりの方がいらっしゃいましたら、ご教授いただければ幸いです。
(早速ご教授いただきました。ワインを値下げることによって客単価が減少するので、結果原価率が上がるという意味ですね。こんなことがすぐわからないとは、また掲示板で叩かれそうです)

2008年05月12日

ヨイショライターや評論家には矜恃がないのか

ライター&エディターの関谷江里さんが「ぎをん か波羅」から報酬を得て店宣伝に徹しているようだといった問題点を提起したばかりですが、実は他にも似たようなことをやっているライターがいるようです。

梅谷昇氏、昨年雑誌で顔を隠した写真を見ましたが、その前に顔を晒していましたからまったく意味ないパフォーマンス。
その梅谷さんの身内(妹さん)が西麻布の「霞町 一(ぴん)」をやっているという情報をいただきました。本人も店に出ることがあるとか。
小石原はるかさんも母親が経営する西麻布の店(一つ星鮨屋 「真」と同じビル)を雑誌で紹介していましたから、この手の話はフードライターでは当たり前のことなのでしょうか。
しかし、身内が店をやっていて遠慮なくそれを取り上げるライター、もしくは間接的に他のライターに紹介させるという行為、いかがなものでしょうか。

関係している店を悪く言われたくないから他店の評価に手心を加える。または逆に無意識に他店に厳しくなる、など冷静に他店を評価できなくなるのは誰でもわかるはずです。
ビートたけしも「おすぎ」に対して、「コマーシャル料もらって特定の映画を宣伝している奴が映画評論なんか出来るか」といった問題提起をしていましたっけ。他人の映画をボロクソに批判する映画監督が、イマイチ説得力がないのも同じことです。
しかし、フード・グルメ業界にはこんなみっともないことが堂々とまかり通っていますから、このような常識や自浄作用が働かない、閉鎖的というか時代からかなり遅れた業界であると考えます。

飲食店ライターやレストラン批評なんて資質に関係なく誰でも出来ることは、マスヒロさんや犬養さん、オコチャマだけではなく、この友里やJ.C.オカザワ、そして数え切れないほどの自称ライターの存在で立派に証明できます。
つまり、ハードルが低いというか、レベルが低いというか、プロアマの差がまったくないというか。
そんないい加減な業界に「矜恃」を求めること自体が無意味なことなのかもしれません。

それでも私は声を大にして言いたい。そろそろ友里征耶に突っ込まれるような「みっともない行為」を封印したらどうか。タダ飯、タカリ、口利き料、ピンハネ、お車代、リベート、キックバックなどこの業界には自慢できない噂が蔓延しております。


2008年05月07日

言い訳が矛盾しているよ、関谷江里さん

「ぎをん か波羅」の見苦しい宣伝行為に突っ込みメールが殺到したのでしょうか。関谷江里さんが自身のブログで、それらしき「弁明」をされています。
まずは4/29付けの「少し述べます」をお読みください。
http://erisekiya.cocolog-nifty.com/kyototokyo/2008/04/index.html

はっきり「ぎをん か波羅」の宣伝行為についてと明示していないので、何の言い訳をしているのかわかりません。当然内容もそれを避けながらの弁明ですから難解で何が言いたいのかさっぱり?
要約すると、

「私は2枚舌です。ライターとして雑誌で書いている内容と、このブログの内容は違います。雑誌は編集者など上の意向で内容がコントロールされる。このブログは私が本気で言っていることばかりです」
となりますか。

文中では「公平な食評論」をしているなんて言っていないと開き直っていますが、「個人的志向(嗜好ではありません)で提灯記事を書いている」とも言っていないではないか。
偏りやバランス感覚のなさを認めながら、「ライターとしての信憑性がない」と言われることに反発する関谷さん。雑誌でのライター稼業では、出版社などの方針のもと、自分はただのパーツとして部品を提供しているだけと逃げを打っていますが、そんな「逃げ腰」でいいのでしょうか。
門上武司さんたちへ救いの手を求めているように見えてしまいます。

裏表、もしくは二面性を出すパフォーマーは世にいくらでも存在します。
たとえば、DJオズマ。グループのボーカルでは別名を名乗っています。
ベビーとヒール(覆面)の両役をするプロレスラーもいましたが、リングネームは変えていたはず。作家でもペンネームを使い分けていた人がいたと記憶しております。
つまり、「出版社への飛び火」を恐れて、雑誌のライターである関谷江里とブログの関谷江里は違うと詭弁を弄するならば、ブログは別の名前でやるのが筋ではないか。
週刊文春などでライターとして売れた名前をそのまま使って、自分のブログで報酬くれる店の「宣伝」をしまくっている行為は、モラルに反していないのか。
「ぎをん か波羅」のオーナーだって、雑誌ライターとしての関谷江里のネームバリューを利用したいからこそ、宣伝スタッフに雇い入れたのではないか。
別人だったら声もかけてくれないでしょう。
今更別人だと言い張っても、誰も認めてくれませんよ。

だいたい雑誌とブログの内容は「ヨイショ一辺倒」で違いあるとは思えません。唯一の違いは、雑誌では未だあからさまに「ぎをん か波羅」の宣伝をしていないだけ。
誰も公平な食評論を彼女に期待しているわけではないですが、抗議メールを送った方たちは、ライターと同じ名前でせっせと「店宣伝」に勤しむ関谷江里さんのスタンスを批判したんだと思います。

「食ライター」で生業をたてていこうと考えた瞬間に、誰でも彼女のようなスタンスになってしまうのでしょう。
過食のオコチャマ、元弟分だった麻生玲央氏、元ジバランの嶋啓祐氏なども同じ道を突き進んでおります。文字通り食ライターとして「食べて行く」には、偏りやバランス感覚など関係なく、店ヨイショに徹しきるしか今の日本には選択肢はないのかもしれません。
愚痴になりますが友里征耶は大赤字で貯蓄が減る一方、反面、他のヨイショライター(伊藤章良氏は露出が少なく本業があるので除外)は本業があるとは思えないのに毎日豪華に食べ歩いてヨイショ連発。
「さとなお」さんが誘惑に負けてスタンス変更した理由も少しは理解できるというものです。

2008年04月28日

やっぱり宣伝屋だった関谷江里さん

4日経ちましたが、ついに関谷さんからはメールが来ませんでした。
読者の方の「ライターなのに『ぎをん か波羅』をなぜ何回も取り上げる?」とのメールには、速攻で5分後には「広報の仕事として勤めている。広報としてお手伝いしている。宣伝スタッフです」と返事があったそうです。
ところが、「報酬」のことなど更に突っ込んだ質問には未だに回答がないとか。
私のメールと同じで、痛いところを突かれたので無視する戦術に変更したのでしょう。

しかし、自称とはいえ「エディター&ライター」と名乗っている関谷江里さん。
「あまから手帖」だけではなく、「ダンチュー」やその他の雑誌で「店紹介」に励んでいるのは周知の事実。今さら批判や検証精神がない彼女の記事を今さら問題提起するつもりではなりません。
私は特定の飲食店から「報酬」を受けてしまっては、その「店紹介」も公平に出来なくなると考えます。
宣伝スタッフとして「報酬」を貰っている立場として、「ぎをん か波羅」の集客、売上拡大に励むのは当然です。
しかし、せっせと特定の店を宣伝していながら、並行して公平に雑誌で「店紹介」ができるのか。
飲食店にとって、ジャンルが異なっても他店は皆ライバル店であります。特定の「店スタッフ」になり果てた関谷女史が、他のライバル店を何らフィルターかけずに見ることができるのでしょうか。

他店に有利になるような執筆活動をとったなら、それは「ぎをん か波羅」への背信行為になります。
「ぎをん か波羅」に有利になる執筆活動をとったら、今度は「読者」に対する「裏切り行為」になります。
店宣伝スタッフとライター稼業が両立するはずがありません。特定の国会議員事務所から報酬貰っている政治記者が堂々と存在できるでしょうか。
表だってトヨタから報酬貰っているというライターが書いた日産やホンダの車記事を信用しますか。

こんな人がまだまだ跋扈しそれを許す人が多いから、飲食業界の地位は向上しないと私は考えます。友里風情に何年にもわたって突っ込まれることになるのです。
湯豆腐屋「順正」のオーナーとの仲がいいから引き受けたのかもしれませんが、それならばライターをやめて宣伝稼業に専念するべきでしょう。
だいたい湯豆腐の店がいきなり東京で「鉄板焼」のような店をCPよくオープンできるのでしょうか。京都で「居酒屋」のようなものを運営していたという話は漏れ聞きましたが、内装と店名で客を釣り上げる「ダイニング系鉄板焼」、私には東京人を舐めているとしか思えません。

本日も不本意ながら「ぎをん か波羅」の宣伝をしてしまう結果となりましたが、最後に関谷江里さんへ送ったメール内容を開陳します。


関谷様
レセプションの件では早々にお返事いただきました。

貴方のように100万の読者がいるほど有名ではありませんが、拙ブログで何回か「ぎをん か波羅」を取り上げさせていただいております。

さて、先ほど読者から貴方が「か波羅」の広報担当として勤めている宣伝スタッフだとの話を聞きました。貴方から、それを認めたメールをいただいたようです。

ここで私は疑問が湧いてきました。
京都など関西で飲食店を紹介する(友里的言わせていただくと、店宣伝です)ライターとしての地位を固められている関谷さんが、特定の飲食店の広報として報酬を受けて店宣伝していいのでしょうか。

他の店の評価と言いましょうか、取り上げる(雑誌に掲載する)かどうかの判断など冷静な対処ができなくなるはずです。
報酬を受けた店に不利になるようライバル店など(飲食店の場合、他ジャンルの店もみなライバルになります)に配慮したらそれは「背任」になりますし、だからといってライバル店に「不利」になるように対処したらそれは「読者への裏切り」になります。
また、貴方が受け持っている雑誌などの媒体で「か波羅」を取り上げたら、それは公私混同になるでしょう。これまた読者への「裏切り」です。

報酬を受けておきながら、他店も含めて公平に対応するなど不可能ですし、「か
波羅」のオーナーも貴方に「公平さ」を求めていないはずです。関谷江里さんとしての知名度や人脈に加え、「不公平さ」を期待して報酬を払うのではないでしょうか。

ライターをやめて広報マンとして今後もやっていくのならいいのですが、両立は無理です。
貴業界がいい加減であるのは知っていますが、これは「政治記者が特定の代議士事務所から報酬を受けている」のと同じような行為です。
実際そのような記者はいるかもしれませんが、公にしてしまっては記者生命が絶たれます。飲食ライター業界がここまで節操無くて良いのでしょうか。

速やかに真摯なお返事をお待ちしております。

では。

2008年04月24日

毎日何やっているんだ、関谷江里さん

フリーエディター&ライターと自称しているのに、連日「お披露目レセプション」で招待客を接待しお見送りまでしている、関谷江里さん。
東京では知名度低いかもしれませんが、関西、特に京都での「店宣伝」もとい、「店紹介」では絶大な影響力持っているライターのはずです。
なぜ「ぎをん か波羅」なんてダイニング系の店を連日煽って宣伝しているのか不思議であります。
http://erisekiya.cocolog-nifty.com/kyototokyo/cat20126717/index.html

上記URLをチェックしてみてください。見ただけで、食べ込まれている方は接近しないであろう店であることがわかると思います。
しかし、特定の店にここまで肩入れするフードライターは見たことがありません。マスヒロさん、犬養裕美子さん、門上武司さん、過食のオコチャマでも、ここまで店宣伝に徹していないのではないか。
オープン前の準備期間、そして仮オープンからの2週間と彼女の行動は、まるで「経営者」か「出資者」であります。ただのライター(つまりこのお店から「タダ飯」もなく勿論「金銭的なやりとり」もない)がここまでやるか。そんな暇があるものなのか。
どう考えても不自然であります。私の調べた範囲では、この店と同じような業態の本店は京都にありません。名の通っている湯豆腐屋「J」が親元ではないかとの情報を漏れ聞いております。
関西にちょっと詳しい方ならこの店名ですぐ連想する大阪の有名ステーキ屋「カハラ」とも、まったく関係がないようです。
つまり京都ブランドや有名店に弱い東京人に付け込んで「祇園」と「カハラ」のイメージをダブらせて店価値を上げようとする姑息な手法ではないかと考えます。

しかしこの店の経営者や関谷さんは東京の外食好きの実態をご存知なのか。外食では、京都ブランドは「京料理」、つまり「和食」でしか東京人には通用しないんです。
京都にはフレンチ、イタリアン、鮨なども乱立していますが、わざわざ東京人が京都でこれらのジャンルへ行くと思っているのでしょうか。喜んで訪問しているのは関西の方が主体ではないでしょうか。
いくら「京都肉」と「野菜」をウリにしているとはいっても、店構えなど見せかけに力を入れる「ダイニング系」であります。立地的にも不利なところですし、何しろビル地下でそのアプローチが貧弱すぎ。
レセプションと同じような盛況さが果たしてグランドオープン(5/14)以降も続くかどうか、おおいに注目です。

ブログ(4/17付)を見ますと、レセプションに呼ばれて「料理通信」の君島編集長などマスコミ関係者が嬉々として「タダ飯」を楽しんでいる様がわかります。「お披露目レセプション」ですから支払いをするわけでもなく、この手の業界の人は「ご祝儀」を包むこともないのではないか。包んだとしても形だけの額であると考えます。
よって、「タダ飯」に近い接待の効果が近々発売される「料理通信」にどのように反映されるのかが見ものであります。
「ソワニエ」や「客が三ツ星」の特集を組むなど店側の立場が鮮明になってしまった「料理通信」。「招待」と「タダ飯」の借りを返す為にさぞや大々的に宣伝してくるのではないかと思ってしまいます。
しかし関谷さん、調子に乗って「料理通信」の編集長や編集者の写真をアップしていますが、これでは「癒着」を公然と公開しているようなもの。得意の「宣伝」がかえってしにくくなるのではないかとも私は心配してしまいます。

何もレセプションに招待されなかったヒガミで言っているのではありません。友里は「招待お願い」のメールを無視するか、断ってくることで関谷さんの「狭量さ」を確認したかっただけで、何も「タダ飯」が食べたかったわけではありません。何時でも正規料金払って入店することができるのですが、結果が見えてしまうタイプの店だけに、「日刊ゲンダイ」のコラムネタとして訪問すべきか今現在は悩んでおります。

昨年あるフレンチの招待パーティ(勿論タダ)で、「東京カレンダー」の女性編集幹部とお話しする機会がありました。連日というか日に何店も訪問して食べているようでしたが、果たしてどこまで支払っているのか。
この「ぎをん か波羅」のレセプションにも参加したのではないでしょうか。これまたどのように派手に宣伝してくるかも楽しみです。

2008年04月02日

マスヒロ・セレクション

自称料理評論家・山本益博氏のオフィシャル・サイト(マスヒロジャパン)をチェックしていて「マスヒロ・セレクション」なるものが気になりました。
http://masuhirojapan.hp.infoseek.co.jp/

早速メルマガの登録をして送られてきたメールを見て、マスヒロさんの商売上手に感心したのです。
「次郎ごのみの海苔」、「醤油」、「玉子」、「米」などの紹介記事と購入先が書かれているのですが、注文には必ず「マスヒロ・セレクションをみて」を添えてくれとあります。
普通の人がこの一文を見たら、「マスヒロさん、斡旋料を貰っているな」と勘繰ってしまうのではないでしょうか。
「料理評論家」としての肩書に誇りを持たれているマスヒロさん、特定のメーカーの製品を推薦するだけでも問題ですが、それを自身の収入に結びつけているように見えるこの「マスヒロ・セレクション」はいかがなものか。
「月刊 ゲーテ」に対して「タダ飯」は絶対にしていない、と否定しているマスヒロさんですが、「我が家の食卓」に欠かせないというこの「次郎ごのみの海苔」、果たして支払いしているのでしょうか。
普通の常識では、自分が宣伝する品物をわざわざ購入するとは思えません。もし支払っていないとすると、料理店ではないですが食材メーカーとの「タダ」は存在することになります。山本益博氏は何と答えられるか、友里は非常に興味があります。

また幻冬舎や見城氏への「訴訟を含めた法的対応」を検討中と宣言されていましたが、どうなったのでしょうか。「風化」を狙ってこれ以上の対応をしないのではないか、と心配であります。
見城氏から指摘され真っ向否定した「タダ飯問題」ですが、しぶとくその実態を調査している人がいる、といった情報も漏れ聞きます。
あれほどはっきり言いきってしまったのですから、万が一にも「タダ飯の存在」が証明されたら大変なことになると考えるのは私だけではないでしょう。


2008年03月31日

新津武昭伝説を信じますか

読者の方から教えていただき購入した東京カレンダー5月号。37ページから5ページ使って新津氏の「つけ場復帰」を宣伝しております。
正確には、「西麻布 青木」の小さなカウンターを借りて週一回握るとのこと。酢飯は独自のものを使うがタネは青木の仕入れに任せ、4名限定で一人3万円以上とかなり高額な設定のようです。

しかしこの新津氏、世間というかヨイショ系雑誌やヨイショライターたちに「鮨の天才」のごとく崇められておりますが、本当にすごい人なのでしょうか。
伝説の鮨屋「きよ田」を訪問する錚々たる文化人、財界人に愛された鮨職人ということになっておりますが、この文化人、財界人が本当に味のわかる人たちだったのかどうかの検証がありません。
J.C.オカザワ、マスヒロさん、過食のオコチャマ、と皆「俺は味がわかる」と言った者勝ちのこの世界。勿論この友里も例外ではありません。しかし我々は巷で「味音痴」と言われることもありますから、「味わい能力」に絶対はないはず。有名陶芸家も有名作家も有名評論家も「なんぼのものじゃい!」

私は残念ながら藤本繁蔵氏や新津氏が主人であったときの「きよ田」を訪問したことがありません。ただ「東京カレンダー」で新津氏を絶賛している梅谷昇氏、20代後半で訪問したほどの経歴を披露していますが、それならば現在「ゴッドハンド」、「世界一」と祭り上げられている「次郎」の鮨との比較をするべきではないでしょうか。「きよ田」全盛時に「次郎」はしっかり営業していたはず。場所も近いし、当時から「次郎」も知る人ぞ知る鮨屋でした。
しかし「次郎」と「きよ田」を比較して評する、もしくはヨイショする評論家、ライターを私は知りません。

「魚は嫌い。マグロは食べない」、「鮨は難しくない。私は修業していない。『きよ田』を任される時1週間だけ握りの練習をした」と公言する新津氏。本当の伝説の鮨職人と言われる藤本氏の薫陶も実は受けていないと藤本氏の一番弟子(といっても数年間らしい)である「鮨処 すゞ木」の主人も言っておりました。藤本氏が引退する時新津氏はまだ小僧さんだったからだそうです。

皆さんは、「フォアグラやキャビア、オマール、仔羊が嫌いで食べない」と公言するシェフのフレンチへ行きたいと思いますか。「マツタケ、鱧、鮎、鯛が嫌いで食べない」と公言する板長の和食屋へ通いますか。「牛肉が嫌いで食べない」という料理人のステーキ屋へ行くでしょうか。
なぜに新津氏だけが特別扱いされるのか、友里は不思議でなりません。(ニンニクや唐辛子が嫌いな有名イタリアンシェフはいますけど)

友里は確かに鮨の修業は和食より簡単だと発言していますが、「春、夏、秋、冬と季節に一度、京都の「松鮨」に3年間通って主人の握る姿を見たのが修業」というまったくの自己流で果たしていいものでしょうか。
「魚嫌い」、「修業していない」というキャッチが逆に宣伝手法に見えてしまうのは友里だけでしょうか。独特の営業方針や高価格、高飛車な態度が俗にいう「お偉いさん」にウケただけではないか。現在の「次郎」に通じるものがあると私は考えます。
職人と言われる割に、TVや雑誌への露出も多く本まで書いてしまう商売上手な新津氏。私は小野二郎さんとある面ダブって見えてしまうのです。
新津武昭氏に関するご意見等をお待ちしております。

2008年02月20日

ワインの値付けを高くして本当に利益が増えるものなのか

料理の価格に比べてワイン価格が高過ぎると思ったことはありませんか。
「ジョエル・ロブション」のベルゼローゼ シェフは「日本には知識や価格に精通したワイン通が多い」みたいなことを言っていると一昨日のブログで紹介しましたが、私は逆に日本の客はワインの値付けに「鈍感」な客が多いと考えます。
店でワインをボトルで頼む客は自腹ではなく経費で落とす人が多いので、「高い安い」を気にしないということでしょうか。ソムリエのおススメに何のためらいもなく、高額なワインを頼む客も多いようです。

ノンヴィンのシャンパーニュに1万円以上、そのシャンパーニュのグラス価格が2000円前後の店も見かけますが、この値付けは暴利ではないでしょうか。例外を除いてネットでは5000円以下で個人でも簡単に買えるノンヴィンシャンパーニュ。小売りのワインショップの粗利は3割と聞きますから、店の仕入れは4000円前後と考えるのが普通でしょう。
それをボトルで倍以上、グラスに至っては2杯売ったら元取れることになりますから。(実際は8杯グラスでとれると思います)

料理はどんなグランメゾンでも一皿1万円を超える値付けは難しい。食材費や調理代がゼロとしても荒利は1万円ないわけです。
ところが、ワインでは保管期間など在庫のリスクがありますが、簡単に2倍、3倍の値付により何万円もの粗利が一瞬に稼げ、それを頼む寛容な客がいる。一度経験したら離せない甘美な営業方針なのでしょう。手間暇かかるレストランのメイン商品である料理より稼ぎがいいのですから、気持ちはわかります。
しかし、果たして総合的に売り上げ増大、利益利増大に寄与しているでしょうか。

具体的な例を挙げます。ワインの値付けの安い「ボン・ピナール」、すべてのワインが安い値付けなのですが、ノンヴィンのシャンパーニュの中では人気で高額な「グラン キュヴェ」という銘柄、1万6000円ほどで提供しています。
しかし、このシャンパーニュ、ほとんどの店では3万円前後としているはずです。ひどいところでは3万5000円近くの店もあるくらいです。
5〜6年前、私はインポーターから直接7000円ほどで購入した記憶がありますが、その後ユーロ高、値上げがあったとしても、店売りの1万6000円以下であるのは誰でも想像できます。恐らく、仕入れは1万2000円から1万3000円くらいでしょう。
この「ボン・ピナール」、ワインの値付けは掛け率ではなく、仕入れ値に数千円を加えて売値にしていると聞きましたから、高級ワインになるほどお得感がでるわけです。

ワインの元値を知っている客ならば絶対にレストランで3万円の「グラン キュヴェ」を頼まないのですが、数千円アップの1万6000円ならば喜んで頼む客も多いはず。
ワイン好きというのは面白いもので、値付けが安い、つまり市場価格とそれほど乖離していない場合、2万、3万いやそれ以上高いワインでも頼んでしまう習性があります。しかも、次から次へとボトルを開けてしまうこともあります。
つまり高い値付けだと我慢して1万円くらいのワインを1本しか頼まないところを、安い値付けだと2万円以上のワインを2本、3本頼んでしまうこともよく見る光景なのです。
倍以上の粗利を取っても安いワイン1本では粗利は6000円ほど。3000円の荒利しかとらなくても2本飲んでもらえば荒利は60000円で売上は4万円、3本飲んでもらえれば粗利は9000円で売上は6万円増えます。
例え粗利が同じとしても売上が増えれば信用力は上がるはずです。

絵に描いた餅というのか、粗利の大きなワインでの儲けを夢見ながら実際は在庫の山で売上が上がらない店にするか、粗利は少ないけどワインの回転が早く、結果売上と荒利が稼げる店にするか、それは経営者の考え次第でしょう。
ワインに釣られた客も増えるでしょうから、少々料理に難があったとしても流行るというのも、値付けの安いワインの店の強みであります。

2008年02月15日

プロフェッショナル・仕事の流儀、「カンテサンス」の巻

NHKがまたまたやってくれました。2/5の放送で、3つ星フレンチ「カンテサンス」の若きシェフ、岸田氏を最大限に持ち上げたヨイショ番組について一言いわせていただきます。

「次郎」の時もそうですが、NHK、ミシュランとツーカーの仲なのでしょうか。ミシュランからの3つ星通達の電話連絡の瞬間を放送したいがために、TVカメラをスタンバイさせていました。星発表前からこの番組を企画して録画収録していたようですが、2つ星、1つ星、いや星とらなかったらば、この企画をボツにしたのでしょうか。かなり周到に準備していましたから、「次郎」、「カンテサンス」と3つ星とるとの確信があったことが推測されます。
しかもミシュランの通達電話もおかしい。「次郎」では二郎さんに続いて長男が電話に出たのですが、その会話は日本語でありました。ところが今回岸田氏は電話にフランス語で答えていたのです。
TV映りを考えたら、「フランス語で対応する若き日本人3つ星シェフ」、絵になりますが、わざわざフランス語で連絡しなくてもいいはずで、ミシュランはTVを意識しての対応ととられても仕方ないのではないか。

今回もまたまた脳科学者の茂木健一郎氏は何ら検証せず岸田氏とその料理をヨイショ。ブーダンノワールとリンゴの取り合わせは今どき珍しくないのですが、不自然なまで感動されておりました。
読者の方からは「これでは脳科学者ではなく、『NO!学者』だ」とのご意見をいただきましたが、友里もまったく同感であります。

食評論家の横川潤氏は、岸田氏を「天才」だと称賛していましたが、私は演技力に関して「天才」ではないかと考えます。
マグロを使って新たな料理を試行錯誤していた時の表情、京都へ九条ネギを調査に行ってネギをかじった様、修行先の「アストランス」のシェフ、パスカル・バルボが突然店を訪れたという設定での驚きの表情、などTVカメラを前にしての演技力はフレンチのシェフにしておくにはもったいないほどのものでした。
だいたい、本当にパスカル・バルボは突然訪問してきたのか。何人かのグループでしたが、席が偶然空いているものなのか。なぜその突然の場面でNHKのカメラが回っているんだ。
わざわざパリから弟子の店を訪問するのに、何の連絡もしないなんて不自然そのもの。どう考えても設定に無理があります。
脳科学者はこんな見え見えの事も見過ごしてしまうのでしょうか。


2008年02月06日

こんな発言して何様のつもりか、マスヒロさん

「月刊プレイボーイ 3月号」での「次郎」の擁護で、ついにマスヒロさんは、「寿司屋で1カンずつ値段を書けって言う人は、そもそも次郎なんかへいかなきゃいいんだよ。3つ星店に行くには、『あなたも3つ星かどうか』という前提があるのに」
こんなこと、自分の生業のモトとなっている一般読者、一般客に言ってしまって良いのでしょうか。
マスヒロさんの評価や発言を信じている人は、そもそも食べ込んだ人や味のわかる食通ではないということがおわかりでない。彼の言う「3つ星客」の真の定義がよくわかりませんが、彼のファンや信奉者には、その「3つ星客」に値しない人も多いのではないか。つまり彼が言う「次郎」に相応しくない客が、マスヒロさんの生業を支えているということを理解していない。

そんなに「次郎」はすごい店なのか。客は3つ星でないと、有名店などへ行ってはいけないというのか。何様のつもりなのでしょうか。
かくいうマスヒロさんも、種々の事情で3つ星鮨屋「水谷」へは敷居が高くて訪問できないはず、という情報を聞いたことがあります。「マスヒロさん、貴方も3つ星なのですか」と私は聞いてみたい。

また私への当てこすりか、「評価基準が変わったことも知らないまま、あの店の3つ星はおかしいとかふさわしくないとかやっている。僕は日本のジャーナリズムがこんなに底が浅いとは思わなかった。」との発言には笑ってしまいました。
底を浅くしてしまったのは、マスヒロさん、貴方の影響が大なのです。だいたい評論家と自称する者が、評論対象となる店側のプロデュースをやること自体、ジャーナリズム違反ではないか。
マスヒロさんのこの言いたい放題、しかし対談相手の3人は誰一人彼の暴走発言を戒めることはなく、追従するような発言をする人までいて呆れてしまいました。でも心中からマスヒロさんを信奉しているとは思えないんですけど。
マスヒロさんは「リョウリ ゲンテン」だけではなく、他にも色々な店のプロデュースやアドヴァイスをしてきたと聞いています。そんな人が評論家と名乗っていいのでしょうか。都合の良い時だけジャーナリズム云々と吠えていいとは思えません。

2008年02月04日

「ミシュランガイドの裏事情を語る」を読んで

大仰なタイトルの4人対談、月刊プレイボーイ3月号の特集です。
山本益博氏、宇田川悟氏、横川潤氏、伊藤章良氏ですが、マスヒロさん以外ミシュランの裏事情なんて知らないと思うのですが、いちいち文句を言っても仕方ありません。
マスヒロさんは、「北島亭」や「コート・ドール」の不掲載の理由は、10年、15年、20年前と変わらない時間が止まった料理だから評価しなかった、と発言しています。
でもロブションだって、現役引退して何年経っているのでしょうか。「ジョエル・ロブション」で食べた多皿コースには、現役時代のスペシャリテがかなり紛れ込んでいたと記憶しているのですが、お気に入りのフレンチシェフは時間が止まっていてもいいのでしょうか。確か「最高の状態でやめたい」と1996年に現役引退したはずです。
パリの3つ星、「ルドワイヤン」も、3つ星とってから同じようなスペシャリテのコースを出していると思います。3つ星「ブラス」だって昔のスペシャリテ、多いですし。
私が漏れ聞いた話によりますと、「ル・マンジュ・トゥー」と昵懇の調査員は、昔から「コート・ドール」を毛嫌いしていたとか。この情報が本当なら、斉須さんの店が掲載どころか調査対象にのるはずがありません。

また、明細を出さない「次郎」擁護として、「ネタの仕入れは毎日変動があるから、コースの中にうまく高いものと安いものを混ぜてお客さんに迷惑かからないようにしながら、採算取っているんです。」と言っています。
どうせこの雑誌の読者は「次郎」へなど行っていないだろうと高をくくっているとしか思えない発言です。自腹かどうかは別にして頻繁に通っているマスヒロさんには到底及びませんが、私の少ない経験では、「お任せ」では同じ時期ならば出るネタはほとんど変わりません。
高いネタと言えばまず鮪。これは余程でない限り、3種出るはずです。アナゴ、海老、コハダ、玉子、イクラ、ウニなども季節にそれほど関係なく定番であるはず。確かに白身や光ものは季節によって違うでしょうが、それでも同じ時期ではほとんど出るタネに違いはないはず。しかし、毎日仕入れ値は変わっています。
どうしてこんなに詭弁を弄して「次郎」の営業方針を擁護する必要があるのか。
我々が要求する「明細」とは、1ヶづつの価格ではありません。次郎のようにほとんど「お任せ握り」に特化している鮨屋なら、数種頼んだツマミネタの追加がいくらなのか、追加で頼んだ握りがいくらなのか、「カモヅル」は1本いくらなのか、聞かれたときくらい誰でも納得する答えを準備しておく必要があると言っているだけであります。
「明細を出さない」ではなく、「適当にやっている」というならば、客も逆に納得すると思うんですけど。
ネタの種類を変えているのではなく、仕入れ値の変動で、「タネ質」を変えているというならこれまた納得します。

次回は口が滑ったのでしょうが、一般読者と一般客をバカにしたマスヒロさんの発言についてです。

2008年01月25日

事実に反する強弁は贔屓の引き倒しになる、鎌寿司

多くの読者の方から「見ているだけで可哀そうになるので、これ以上相手にしていじめると友里の品位が落ちるぞ」、「相手にするレベルでない」と叱責を受けた鮨屋訪問をメインにした某ブログ。
友里がブログで取り上げなくなったからか、「友里の未熟がはっきりした」など書きたい放題までは笑って見過ごしていたのですが、どうもそれだけでは溜飲が下がらなかったのか、年が明けても彼から頻繁なメール攻撃を受けております。
その名は「ずこ」さん。
「未熟者」、「やり方が汚い」、「嘘書くな」と一方的な思い込みでメール批判してきます。酔っ払うと意識が朦朧とするのか、夜中には「意味不明」なメール、例えば「某出版社」系(実際は実名で社長と昵懇だそうです)で対談してもいい、とかいうメールもありました。対談すると謝礼がでますので「ぜひお願いします」とお返事したのですが未だ実現しておりません。
そんなわけでメールチェックをするたびにまた来ているのかと恐怖で一杯になっております。
それは冗談で、しっかり毎回お返事させていただいているのですが、それがまた気に食わないようで、攻撃メールが止まりません。返事を書かなければいいのかなとも思うのですが、私も暇なものでついついお返事してしまうのです。

これだけなら読者のご指摘もあってブログに取り上げないのですが、1/22の彼のブログでまったく「事実に反する」ことが書かれているので、禁を破って再度取り上げさせていただきます。
http://zuko.blog.ocn.ne.jp/zuko/
「鎌寿司」の主人は「ずこ」さんに、「鮑は生ではなく仕事したものを出した」と言ったとか。
でもこれって、本当なんでしょうか。主人から「魚のこと何も知らない」と言われるのは構いませんが、「貝」のことは、少しはわかるつもりです。しかも、日本語は聞きとれます。
特定されるのを覚悟で書きますと、当日は4人で訪問。男性2名、女性2名です。本人には了解取っていませんが、その男性を明かすとJ.C.オカザワであります。
私がツマミの時、「蒸し鮑お願いします」と言ったら、主人ははっきり「今日は生しかありません」と生を切って出してきたのです。これは他の同伴者もはっきり聞いていることです。昨日も再度確認しております。当然食べた鮑は生です。
本当に「鎌寿司」の主人が友里を特定して「蒸しを出したのに生と書きやがった」と言っているとしたら、主人はボケたのか、嘘を言っていることになります。
推測ですが、主人は「ずこ」さんに調子を合わせただけではないか。(友里批判に同調する単なる客あしらい)
それを真に受けて、「友里は嘘を付いている」と強弁するのは、かえって「鎌寿司」の評判を落とすことになるのではないでしょうか。事実と違うことを「鎌寿司」の主人が言っている、と世間に広めてしまうからです。贔屓の引き倒しです。事実に反することですから、「嘘つく寿司屋」になってしまいます。
そしてコハダに関しても一言。江戸前のコハダと言っても、〆すぎたら酸っぱく感じます。〆すぎを棚に上げて主人もよく言いますね。

連れの一人に確認ついでに、「もう一回行ってみようよ」と誘ったのですが、「二度と行きたくない」とあっさり断られてしまった「鎌寿司」。
主人が「ずこ」さんに嘘をついたのか、単に調子を合わせただけなのか、単にボケただけなのか、好奇心が強く時間と資金に余裕のある方は一度「投げる(叩きつける)握り」を試すついでに、主人に真相を確認していただければ幸いです。
鮑が生しかなかったことを認めるのがそんなに嫌なんでしょうか。それならば、生鮑を客に出さなければいいと私は考えます。

昨日発売の幻冬舎の月刊誌「GOETHE」(ゲーテ)。ミシュラン批判の特集企画が面白いです。
特に、見城社長の署名記事、ミシュラン批判を飛び越えての、山本益博氏批判は圧巻です。ぜひ読まれることをおススメします。
「あまりに愚かで子供っぽい策略家ぶり」、「私利私欲の絡んだ癒着」、「もう20年近く会っていないが、かつては会うたびに品性下劣な男だと思った」、「自分の金では食べない男」などその舌鋒鋭いというか、ここまで書くか、とこの友里も完全脱帽のマスヒロ批判であります。
この特集に関しては、来週のブログで取り上げたいと思います。


2008年01月23日

「おとなの週末 2月号」を読んで 後編

船場・吉兆の再開がワイドショーでバンバン取り上げられています。昼夜ほぼ満席だとか。マスコミに見られるのが嫌でなければ、話のタネに行ってみようか、という人がかなりいらっしゃるのかもしれません。今なら食材も調理も手抜きなく最大限の努力をするいというのは誰でもわかるからです。私も予算と時間があれば行ってみたかった。
しかし、今は怖いもの見たさ、話のタネ、常連が恩を売るため、と色々な思惑で訪問する客があると思いますが、2月まで続く閑散期を乗り越え今後も客が入りつづけるかどうか、予断は許さないと考えます。

さて今日は、「おとなの週末 2月号」の後編、マスヒロさんネタであります。
必ず読ませていただいている「365日食べ歩き手帳」、今回はかなり違和感を覚えた、読後感の悪さが残った、という読者が多かったのではないでしょうか。
船場・吉兆の偽装問題から筆が滑り過ぎたのか、「数年前に吉兆のニセモノを最初に見破ったのはこの私である」と宣言しています。
要は、「歌舞伎座店」で「混ぜ山葵」を出しているのを指摘しただけで、マスヒロさんと同じく化学調味料を気にしないJ.C.オカザワでも気がつくレベルです。「弊店は本山葵を出しています」と言っているわけではないので、「偽装」でも「インチキ」でもないと思うんですけど。
そんなことより、マスヒロさんと昵懇の野田岩の「天然ウナギ偽装」に対してのコメントはないのか。野田岩をどうして見逃すのか、と私は突っ込みたい。正確には、「偽装」ではないかもしれませんが、如何にも「天然」しか使っていないように一般客に受け取れるキャッチ、宣伝口上を垂れ流していたからです。
だいたい、化学調味料入れ過ぎの「有昌」の「シイタケそば」を絶賛したマスヒロさん、大量投入の「桃花林」を絶賛しているJC、なぜ化学調味料には鈍感で、混ぜ山葵だけに拘るのか私には理解できません。
おそらく化学調味料に慣れ切っていて、入っているかどうかがよくわからないのでしょう。

もう一つ。これはもうマスヒロさんの驕りとしか言いようのない暴言がありました。創業百年もたっていない吉兆は老舗と呼ぶに値しない、料亭・吉兆で食べたことにない者(マスコミ)が一方的に書いている、との件まではまだ理解できるのですが、
「日本人のほとんどは、生涯「吉兆」の料亭になど足を運ぶことはないだろう。自分の人生に縁のない店と思えば、偽装食品に引っかかることもないのである」
は何様の発言なのか。
確かに吉兆の料亭は敷居が高く(値段も高いらしい)なかなか行ける店ではないでしょう。勿論私も行ったことがありません。自腹ではなかなか行ける店ではないのはわかりますが、「行けもしない庶民がガタガタいうな」的な発言はいかがなものか。
そういうマスヒロさんも、嵐山吉兆へ行ったことはあるようですが、東京の料亭へ行ったことがあるのか。
嵐山はネットで誰でも予約がとれて夜でも42000円から食べられます。でも、東京の吉兆本店は、紹介がないと予約できないし、一人7〜8万円かかはずです。
一般読者の目線ではなく、店側と握手するスタンスの執筆活動で原稿料を稼ぎまくり、飲食店プロデュースでも収入を得ているからそこそこ高額な「料亭」へ行けるだけではないか。でも、そんなの自慢になるか。自分の生業のもとである読者や一般客を見下して蔑にし、店側とくっついて得たお金で料亭へ行くのに後ろめたさを感じないのだろうか。
自分がプロデュースし、あれだけ煽って宣伝した「ゲンテン」の閉鎖にも知らん振りを決め込んでいるマスヒロさん。一般客だけではなく、出資者のゲンテンへも迷惑をかけたと思うのですが、その反省はあるのか。何か自分は特別だとうぬぼれているように見えるのですが、ただの下町食濃い味好き、化学調味料大好きな自称料理評論家なだけであると思います。
他山の石として私もああならないように自分を戒めなければならないと思った次第です。

2008年01月16日

プロフェッショナル・仕事の流儀 後編

サーバーの契約容量が満杯になってしまったようでしばらくアクセスができなくなっておりました。
今しがた容量をアップしましたので復活しました。
皆さまにはご心配をおかけしまして申し訳ありませんでした。

NHKは二郎さんの握りの凄さを宣伝したかったのでしょう、握りを割って酢飯の断面をアップで写しだしていました。口に入れるとハラハラとほどけるふんわりした握りは、マスヒロさんはじめ多くのヨイショ人の褒め言葉であります。外側3列の米粒が密着し、中心は隙間があると説明しています。確かに断面ではそう見えますが、果たしてこれは二郎さんの専売特許なのか。
握るということは一応外側から圧力をかけるわけですから、その力は中心より外側に強く働きます。柔らかい米粒の集合体ですから、断面均一に力が伝わるはずがありません。中心も隙間なく密着するように握るには、よほど強く握らない限りかえって難しいのではないか。
このような断面の握りは果たして他の職人に本当に出来ないのか、他の職人の握りの断面も出して比較しなければ証明できないことであります。まったく料理人の口上を鵜呑みにして、何の疑問もなく垂れ流しているだけといって過言ではないと私は考えるのです。
また番組では「次郎握り」なるものを紹介していました。本手返しではなく、二郎さんが素早く握るために編み出したとする握りですが、私は今まで発刊された「次郎関係本」などでもこのような「次郎握り」なる単語を見た記憶がありません。初めて聞きました。要は握りを持ち変えずそのまま返すだけなんですけどね。「横手返し」の1種ではないかと私的には思っております。

また二郎さんは、「自分は不器用だ」と散々言っていましたが、インタビューでは終始にこやかで好々爺といった印象。私が店で何回か見た態度とはかなり違っておりました。最近は注目度が増して以前のような傲岸不遜な言動は減ったのでしょうか。手は不器用なのかもしれませんが、世渡り上手、処世術には長けている人だと思います。

カシミヤの手袋を欠かさず指や掌をいつも大事にすると言っていましたが、彼はボーリングが好きだったはず。指を油にまみれた穴に突っ込んで何ポンドもあるボールを投げる行為は指を痛めないのか、鮨屋の主人としては危険だと考えます。まさか手袋してボール投げるはずないですよね。この点の突っ込みも当然ですが番組ではありませんでした。

世間にはよくあることなのですが、このような店や料理人だけではなく自慢げに話をしている人の口上を聞いていると、言っている事と、やっていることがかなり矛盾していることに気がつくものです。ただし普段から検証精神をもたない「純粋な方」にはわからないかもしれません。
検証精神のないNHKは「純粋な放送局」、科学者と名乗っているのに検証精神なく何ら疑問を持たない茂木健一郎氏は「純粋な科学者」ということでしょうか。
この二日間ブログで取り上げたことによって、NHK関係の取材や出演の道を永遠に閉ざすことになってしまったようです。

読者の方から教えていただいて初めてわかったのですが、番組開始から24分過ぎから24分20秒くらいの間に山本益博氏らしき人物がカウンターに座っているように見えます。髪の生え具合や髪型がちょっと違うか、ちょび髭が確認できない、と違うようにも見えるのですが、左の襟元に変なバッジみたいのをつけているので本人のような気がします。TVの収録があると二郎さんから聞いて駆けつけたのでしょうか。

2008年01月15日

プロフェッショナル・仕事の流儀 前篇

ミシュラン3つ星「すきやばし 次郎」の二郎さんが1/8(火)の22時からNHKに出演しておりました。読者の方からの情報のほか、日刊ゲンダイからも番組のコメントを求められていたので録画をチェック、日刊ゲンダイでは言い足りなかったので、今日から2回にわたってもう少し突っ込ませていただきます。

一言でいえば、「なんでNHKが一個人店の宣伝をするんだ」との疑問であります。民放ならば未だわかりますが、何の検証もなくただ「次郎」を褒めたたえる放送内容は、公共の電波を使用する国営放送に近い位置づけのNHKとしていかがなものか。あーあ、ついに書いちゃいました。これでもうNHKからの取材は永遠に来ないでしょう。
進行役の脳科学者、茂木健一郎氏は最初からなんら検証ないまま二郎さんを褒めまくっておりました。「二郎さんの鮨は世界的に高く評価されている」と冒頭紹介していましたが、私は山本益博さん絡みでロブションやフェランが褒めている以外、外国の人が褒めているのを聞いたことがありません。フランス、イタリア、スペイン、アメリカで「次郎」の知名度が高いとは到底思えないのです。
ロブションの絶賛発言もしつこく放送していました。確かにフレンチの世界では一世を風靡した有能料理人だと思いますが、鮨が本当にわかるのか。というか、「次郎」以外の鮨屋へ行ったことがあるのでしょうか。同じ3つ星の弟弟子の「水谷」よりどう違うのか、ミシュラン掲載を拒否した「銀座小笹寿し」と比べてどうなのか、「さわ田」よりもタネ質が上だと思っているのか、3番手だった「青空」と大差ないのではないか、といったことをロブションに確認させてから褒めさせるのならいいのですが、何とも一方的な讃辞でありましたから、いい加減な造りの番組だと私は考えます。
そこら辺のヨイショ雑誌やミシュランガイドと同じく、店側の一方的な口上をそのまま放送、果たしてその口上が真実かどうかをまるで検証しない内容はただの店宣伝番組と言えるでしょう。
例えばカツオ。二郎さんは戻りカツオを使わないと里見真三氏の「次郎 旬を握る」で公言しています。(70ページ参照)脂がくどくて爽やかさに欠けるからカツオは春の初ガツオしか使わないと。
でも今回の放送でしっかり藁で炙ったカツオが出ていました。客も食べながら「カツオじゃないみたい」といった発言をしていた。
今回の番組、NHKは「ミシュラン」絡みで特集を組んでいましたが、この場面の収録は昨年の春だったというのでしょうか。いくらなんでもそんな賞味期限切れになるような映像ネタを使うとは思えません。昨秋の収録ではないか。ということはいつの間にか二郎さんは前言を翻し「戻りカツオ」を使いだしたということか。
NHKが放映の10ヶ月前の収録をそのまま使ったとしたらそれはそれで問題。
何時の間にか「次郎」が戻りカツオを使いだしたのだとしたら、NHKがその方針転換を追及するといった検証をせずただヨイショ、絶賛報道を垂れ流したことになり、それも公共放送として問題であると考えます。
(明日に続く)

2007年12月14日

キレてしまったみたい

日に2回投稿するのは初めてかもしれません。読者の方から「ずこ」さんが壊れてしまったかのような更新をしていると聞き、怖々覗いてしまった。
かなり頭にきているのでしょう、口調がお下品になっております。
コメント欄に私が直接書き込みしていると疑っているようですが、IPアドレスからわかることでして、私はそんなドジ踏みません。粘着質だけではなく妄想癖もあるみたいで今後は触らないことにします。
最後になりますが、コメント欄への書き込みを操作してオープンにしていないことを興奮して口走ってしまっていいのでしょうか。批判的意見だけを伏せているのかどうかわかりませんが、肝っ玉が小さい。
狭量さを自らさらしているのが分からないところが彼の悲劇いや喜劇であると考えます。
確かに好きなお店を貶されたと勘違いしたら、気分を害する人もいらっしゃるとは思いますが、私はけなしておりません。投げつける(叩きつける)、生アワビや関サバを使っている、と問題提起したまで。
あまり取り乱す様が激しいと、数少ない読者も引いてしまいますよ、「ずこ」さん。

2007年11月28日

余っているところには山積み?ミシュランガイド東京版

ある方からミシュランの日本人調査員の情報を教えていただきました。ある料理雑誌の企画物で回答を担当している人だそうです。彼と今回高評価された店(友里は以前から過大評価と言っています)のシェフが昵懇の間柄なので星付け評価に情実が入っているのでないかとの問題提起でした。ヨイショ系のライターとも親しいような感じです。
そこでその出版会社を経由してそのような疑惑などに関する質問メールを送り、本人に転送していただきました。もし調査員でなければ否定のメールがくるでしょうが、現在転送していただいたことは出版社に確認していますが返事は来ておりません。今後なにか変化がありましたらまたご報告させていただきます。

さて、ミシュラン、発売初日に9万部を売り切り、25日までに初版12万部を完売し即日重版を決定したそうです。数万部のシェしかなかったガイド本でこれほど売れるとはまったく想定していませんでしたが、読者の方から余っているところは山積みされているとの情報を実名でいただきました。
某大手企業に勤務されている方なのですが、客先配布用として会社のロゴが表紙に印刷されたミシュラン20部入りの段ボールが大量に鎮座しているとのこと。すべて配りきれず、社員に配っているとか。
さすが商売人のナレさん、その戦略に頭が下がります。企業とタイアップしてベースの販売数に保険をかけたようですが、この余りまくっているミシュランも初版の部数にカウントされているのではないでしょうか。他の会社へも売り込んでいると聞きましたので、ロゴ入りミシュランは1社だけではないと思います。取材拒否の有無に続いて、このタイアップミシュランの件も知らん振りするのでしょうね。
ミシュランを購入したいと思っている方、ロゴ入りなら余っているようですから、書店を探すよりそのような会社を当たることをおススメします。

2007年11月27日

なぜ売り切れなんだ、ミシュランガイド東京版

早朝に早速近くのコンビニで「週刊朝日」と「女性自身を」を購入しました。
予想通り「船場吉兆」の不祥事関連の記事に、8行ほどの私のコメントが載せられておりました。料理評論家、レストランジャーナリスト、料理記者、調理学校関係者など26人に取材を申し込んで回答はわずか8人。なぜか有名人ほど皆口が重いというか固いそうです。ヨイショはいくらでもするが問題提起はしないというこの業界の問題点がここに表れています。でも驚いたのはこの記事の1つ前の企画。あの過食のオコチャマ・来栖けい氏と「カンテサンス」の岸田シェフの3ページにわたる対談です。この企画があるのならぜひこの会談に出席させていただきたかった。
「女性自身」は「行ってはいけない3つ星はココ!」という企画で、なんとあの横川潤さんとの競演でありました。コメントも結構載っております。
両誌ともお読みいただければ幸いです。

さて皆さん、件のミシュランガイド東京版、もう手にとって読まれましたか。わざわざ買う必要があるかどうかは別にして、都心の大型店だけではなく街場の本屋でも見かけないのではないでしょうか。「売り切れ」、「完売」状態です。私も地方の方から頼まれて探したのですが購入できません。しかし、この品薄状態、本当なんでしょうか。
確かミシュランは初版15万部と言っていたはずです。いくらTVなどマスコミが騒いだからと言って、15万部が数日で売り切れるでしょうか。まわりに持っている人、それほどいますか。いくらブランド、煽り宣伝に弱い日本人だと言っても、数万部しか売れない飲食店ガイドの市場で、数日間で15万部を売り切れるとは思えません。
たまたま、裏表紙のデータを見て面白いことを発見しました。発行は勿論日本ミシュランタイヤ株式会社です。印刷所は凸版印刷株式会社。ここまでは想定内。しかしこのガイド発行にはもう一社かんでいるのです。
「発売」ということで「日販アイ・ピー・エス株式会社」が明記されています。ちょっと出版に携わった方とか本を出した人ならわかるのですが、大手取次店、通称「日販」の関連会社であることがすぐわかります。この会社の事業内容は「海外生活支援サービス、海外生活サポートサイト「CLUB JAPAN」、書籍販売支援サイト「boople」、ほか」となっておりますが、なぜ取次店の関連会社が発売にわざわざ関わっているのか、業界では新人扱いの友里にはわかりません。
取次店には他に大手の「東販」もありまして、ニッパンに強いところとトウハンに強いところと影響力がことなる街場の店もあるはずです。片方の大手取次系の会社が深く関与して大丈夫なのだろうか。
これはあくまで友里の推測ですが、このミシュラン、初版の15万部を一気に書店へ出さないのではないか。出荷調整をしているのではないか。もしくは初版15万部といいながら印刷が間に合わなかったのではないか。
よく売れているように見せるため、はじめに5000部刷っていても、3000部を初版扱いし、残りの2000部は増刷の体裁をとる手法があるとも聞きました。
飲食店で「予約困難」と言われたらどうしても行きたくなるもの。「売り切れ」と言われたら余計に購買意欲を掻き立てられ、ミシュランが欲しくなるというものです。
私はこの客に飢餓感を植え付けて人気を煽る手法を「アロマフレスカ戦法」と言っております。最初は完全に満席にしない、店のキャパの半分だけのオープンで予約困難にする、などの見事な戦略が当たった1つ星イタリアン・アロマフレスカのオープン当時の戦法です。
もしかしたら、ミシュランガイドもこのような飢餓感を与える戦法をとっているのではないかとへその曲がった友里は考えてしまうのですが、天下の取次店に問題提起してしまうと以後の出版の際に難しい問題が出る可能性があるかもしれないので、本日はここまでとさせていただきます。

2007年11月19日

ミシュランに掲載されるべきではないお店

いくつかのマスコミからミシュランガイド発刊に関する取材依頼を受けました。単に民間の一ガイド本の発売を取り上げて紹介するだけでは宣伝の片棒を担ぐだけであり報道機関として未熟ではないかとの考えで、アンチな意見も合わせて報道したいとの意図のようであります。確かにこのミシュランガイド東京版に問題提起しているのは私の知るところ伊藤章良氏と私くらいなものであります。

昨日は友里流星付き店を紹介させていただきましたが、本日は、ミシュランに掲載されてはならない店を考えてみたいと思います。
飲食店関係者の情報から、フランスの3つ星の支店、提携店ははずせないとの出来レースから、「ロブション」、「ガニエール」、「デュカス」に「トロワグロ」は3つ星を獲得するのではないかと思います。でもこれは調査員たちがそうしゃべっていたという情報をもらっただけですから、友里の予想ではありません。
私はミシュランガイド東京版の調査員たちを軽く見ているというか、ナレ氏も含めて信用していませんので、彼らがどんな評価をするかわかりません。漏れ聞いた情報では、基本的には来栖けい氏のようなヨイショ系ライターの嗜好に似ているとか。つまりよく味がわからないということでしょう。結局は、和食系では数ある日本のガイド本で評価の高い店を無難に掲載、NY版と同じく、フランス系の店に甘く最高評価を与えると予想します。
それだけでは何ら違いがないと言われるのを避けるため、今は埋没してしまった昔「東京いい店うまい店」などで評判だった店を掘り起こしてくるのではないか。学芸大学の小さな割烹「すずき」をリストアップしていることからもこの手の店を取り上げることが想像できます。もしかしたら広尾(地番は元麻布)の「酒飯庖正」も載せるかもしれませんね。

数年前から星の評価は「皿」からだけと評価基準を変えたようですが、それでも発足当初からの基本は守っているはずです。その基本とは、ミシュランガイドは「旅行者」のためのガイド本という位置づけであります。
本日は、この「旅行者」の立場を考えたらミシュランに載るべきではない店を考えてみたいと思います。

1、クレジットカード使用不可の店
日本では未だに現金主義の方もいらっしゃるでしょうが、海外ではもう常識のシステムです。クレジットカードなく現金だけを持って旅行している欧米人はいないのではないか。セキュリティ上、何万円もの現金を持ち歩かない旅行者にとって、「カード不可」の店はまったく無意味。
そういう意味では「すきやばし 次郎」(ただし六本木店は驚くなかれ使用可になっていました)、「京味」その他和食系の店や老舗と言われる洋食屋は選から漏れなければならないでしょう。確か「楽亭」も使用不可だったと記憶しております。
もちろん、使用可でもカード手数料を上乗せるあの麻布十番の天婦羅屋などあくどい店もダメであります。

2、不明朗会計の店
旅行者が安心して店を訪問するにはガイドにしっかり料金が明記されることが必要です。
相手の態度や座っている時間によって請求額を変えると公言している「次郎」の営業スタイルは海外旅行者には理解できないものでしょう。カラオケのように、時間単価を明記すれば話は別ですけど。
お酒の値段をはっきり書かない店も勿論不掲載にしなければなりません。

3、価格をはっきり明記していない店
同じく旅行者にとってわかりにくい店であります。
かなりの和食の有名店、鮨屋の有名店がひっかかるのではないでしょうか。
前述の「次郎」、「京味」に加えて「久兵衛」を除く多くの高額鮨屋がひっかかるはずです。
だいたいの予算は載せられるでしょうが、その日の客数や訪問頻度(常連になるほど高くなる)で請求額がブレる鮨屋などは外国旅行者にとって理解できないはずです。
その日の仕入れ値、季節の食材などによって請求額が大きくブレるのも問題。イタリアなどでは、高額食材の白トリュフも追加値段が明記しているはず。丹波のマツタケのグラム単価、大間のマグロの単価、松葉蟹のグラム単価などを開示している高額な和食、鮨屋はないと思います。

4、必要以上にせかす店
旅行者にとって当地での食事は最大の楽しみの一つ。ホテルで荷を解いてシャワーを浴びてからの夕食は特にゆっくり味わいたいものです。
そんな旅行者に対して矢継ぎ早に握りを出して30分かからず終了させる店をガイドに載せていいのか。もちろん「次郎」であります。
日本の高額鮨屋がみな20分ほどで終了させているならこれも日本の文化でしょうが、そんな店は「次郎」しか知りません。

5、接待族、同伴族が主体の店
「交際接待」なる会計処理が欧米には存在していないと聞きました。私も昔、海外に本社がある日本支店と関係があったのですが、日本から本国工場を立会する客の食事代などは日本支店が受け持っていました。
おなじく日本の「クラブ」のシステムも欧米では見かけないもの。
年配常連客がメニューにないカレーなどの賄い料理を食べている、紫煙が狭い店内に漂っている、香水プンプンの派手な服を着た女性を伴った年配客が多い、というような店も掲載できないのではないか。
そうなると銀座を中心にした多くの割烹、鮨屋が除外されることになります。

このいくつもの条件に一番引っかかるのがご存じ「すきやばし 次郎」。旅行者にはもっとも向いていない店であるのは明らかですが、果たしてナレ氏やミシュラン調査員は「次郎」を外すことができるかどうか。
もし掲載していたとしたら、ミシュランは旅行者向けという基本概念を捨て、利益を上げることだけを考えて拝金主義に転向してしまったと言えるでしょう。
タイヤの販促の目的はありましたが、旅行者のためのガイドという社会貢献を捨てて発売部数などガイド発売による営利のみを追求するとしたら、またフランスのビッグネームシェフと陰で手を結び、アメリカや日本などフレンチ後進国へのフランス資本の進出の手伝いをしようとしているならば、ミシュランガイド総責任者へのナレ氏就任は、古くからのファンを裏切る選択だったのではないかと考えます。

2007年11月16日

やはりミシュランに便乗してきたマスヒロさん

ミシュランガイド東京版の発売に絡めての雑誌や新聞の特集記事で、お馴染になっている店があります。ミシュランに対して媚びない発言がウケているのか、露出が目立つのが「赤坂 菊乃井」主人の村田氏。読者の方から教えていただいた「東京新聞」でも、「料理(皿)だけで日本料理がわかるか」と疑問を提起、ミシュランというかナレ氏に尻尾振るシェフや料理人が多い中ある意味見直した友里であります。
しかし、それを言うなら「皿だけでフレンチ」もわかるのだろうか。皿だけで評価できるほどの調査員なら、なぜ最終的に店に仕入れルートや厨房の開示を求めるのでしょう。なぜ仕入先に確認を入れる?
皿だけ(味わっただけ)では、食材の真偽がわからないのではないか。食材の真偽がすべてわかるような舌の持ち主なら、平均月給が30万円前後(婦人画報より)でミシュラン調査員なんてやっているはずがありません。独立して食材・料理評論や講演でバンバン稼げることでしょう。

本日のお題は菊乃井の主人ではなく、このブログの最多登場者であるマスヒロさんについてです。同じく読者の方から教わって婦人画報でのミシュラン特集記事を読んだのですが、この滑稽な記事構成、読んでいる方が恥ずかしくなりました。
「知られざるミシュラン調査員の一日」と題して、マスヒロさんがシャーロック・ホームズに扮し店前のメニューを見、また蝶ネクタイをしてメニューや厨房を調査している様が載っています。
小野二郎さん、ジョエル・ロブション、フェラン・アドリアと巷で評判の人や権威に接近してヨイショで籠絡し、結果彼らを利用して自分の仕事に結びつける彼のビジネスモデルはミシュランでも顕在でした。
コスプレし面白い顔して写真を撮らせるマスヒロさんはある意味サービス精神旺盛な人のようですが、お笑いタレントがやるようなことまでして原稿料(出演料)を稼ぎたいのか。
勘違いミシュランガイド総責任者ナレ氏との対談では最後の「いまだに僕をミシュラン調査員だというシェフが沢山いるのですが、ナレさんからもはっきりいっていただけませんか」には笑ってしまいました。
本当にマスヒロさんを調査員だと思っている「お目出度いシェフ」が存在するのか。
調査員はフランス語と英語が必須とナレ氏は言っています。3ヶ月だかフランスで研修させたことも公開しております。
どこにマスヒロさんが調査員と推測する根拠があるというのか。もしそう思い込んでいたシェフが本当にいたとしたら、調理能力以前に常識力、情報力、分析力、推測力に問題があるのではないか。そんなお店には近づかない方がいいでしょう。
多分「お愛想」で言われたのを本気で受け取ってしまっただけだと思います。

マスヒロさんは星予想で昵懇の「ロブション」、「次郎」、「れい家采」に加えて、最近お気に入りの「レ セゾン」、「カンテサンス」、「トロワグロ」も登場させています。いずれも最近の「おとなの週末」で不自然にまで多く取り上げている店であります。
特に「セゾン」、今回の婦人画報の特集記事で、場所提供などでかなり協力したようであります。最近知人から「本当に美味しいのでぜひ行ってみて」と言われ巷の評判も悪くないだけに、マスヒロさんとのお笑いコラボはかえって評判を落とすことになるのではと残念です。
そして最新の「おとなの週末」では初の和食3つ星になるかもとまで推されているのが六本木の「龍吟」。最近は和食の王道を目指すのか、スペイン風創作料理を目指すのか、それとも「赤坂 ニンジャ」のようにただの「ビックリ料理」を目指すのか、その方向性含めて理解できなくなりつつある店ですが、マスヒロさんと昵懇だとは知りませんでした。
マスヒログループに入るとそのぬるま湯からなかなか抜け出せないのではないかと危惧するのは友里だけでないでしょう。

2007年11月15日

再びミシュランガイドの総責任者ナレ氏の勘違い発言

11/22の発売を控えて追い込みをかけてきたのでしょう、ミシュランガイド総責任者のナレさん。色々な雑誌に再び露出を繰り返してきています。
発売後に本屋で手に取って中を見た人は、「何だ、たいしたことないじゃないか」と感じてミシュランガイド自体が埋没する可能性がありますので、ミシュランネタも発売前のこの1週間が賞味期限と考え、友里のミシュランへの問題提起もスパートをかけるつもりであります。
今日は11/25号の「読売ウィークリ」からです。92ページから2頁にわたってナレ氏のインタビューが掲載されています。
問題にしたい点を3つ挙げてみます。

1、「東京以外に世界中どこを探しても、16万軒ものレストランがそろっている街はありません。(中略)東京は、1冊のガイドを作るにふさわしい、世界有数の美食都市なのです。」

確かにこれほど幅広いジャンルの店が揃っている都市は他にないかもしれません。しかし、私は言いたい。珍しくシビアな発言をしている伊藤章良氏の意見に「膝ポン」の友里としてはナレ氏の本心は、
「東京以外に世界中どこを探しても、ブランドに弱い小金持ちの客が沢山やってくる街はありません。(中略)東京は、フランス星付き店の支店、提携店を売り込むのが簡単な、世界有数のネギしょったカモ客が沢山いる都市なのです」
ではないでしょうか。

2、「何よりも、カメレオンのように、それぞれの場に合わせて雰囲気を変えられるとう資質が必要です」

ナレ氏が調査員の覆面性を強調したコメントであります。しかし、これは信じがたい。カメレオンになりきっているなら、どうして色々な店でミシュラン調査員の訪問痕跡がこれほど残っているのか。
昨年の段階で、バーで気が緩んだのか自分たちはミシュラン調査員だ、と自慢していたと漏れ聞きました。
銀座のグランメゾンの元マネージャーが調査員だとの情報がなぜ広がるのか。
小さな割烹に近所の酒屋からワイン買ってきて飲んでいた、というみっともない話もなぜ広がるのか。
ナレ氏は、調査員が「自己顕示欲」、「自慢心」を抑えられないという人間の性がわからないようです。

3、「ところが調査員は、美味しいレストランにだけ行けるわけではありません。(中略) 厳選された美味しい物だけを食べられるのは、私だけ。これは総責任者の特権です(笑)」

勘違い、舞い上がり、驕りの極致ではないでしょうか。ミシュラン経費で食べ歩くのは調査員だけで結構。元オリエント急行とか、リゾートホテルに従事していた貴方の高額飲食代を出版費用に上乗せされては、読者はたまったものではありません。顔を晒した貴方がミシュラン経費で食べ歩いて何の意味があるんだ。
店やシェフが特別扱いするのは、ナレ氏自身に対してではなく、自分はミシュランガイドの総責任者だと顔露出した結果の、「ミシュラン」という「看板」にひれ伏しているだけだというのがわかっていない裸の王様。
ミシュランやめてまたオリエント急行へ再就職しても、今のような待遇を受けられると思っているのでしょうか。

だいたいぞろぞろ欧州の調査員も乗り込んできての、6割掲載しているという和食系の店の評価を日本人が信じると思っているのか。
日本を代表する店宣伝ライターである、山本益博氏、犬養裕美子氏、来栖けい氏、梅谷昇氏、大谷浩己氏、森脇慶子氏、浅妻千映子氏、横川潤氏などがチームを組んでパリへ乗り込みフレンチガイドを出版したとして、フランス人はそんな評価を信じるか。
自分たちが信じないような評価方針を東京でやり、日本人だけは信じると思っているところに、ミシュランの根本的な勘違いがあると考えます。

だいたい今までにミシュランガイド(赤本)を1冊でも購入した人がどれほどいるのか。そこそこの外食好きでもそうは購入していないと思います。知名度の割に普及していないのがミシュランガイドなのです。
日本語版とはいえ、外人主体(2人の日本人調査員もパッとしない)で評価した和食系が6割掲載されているミシュランガイド東京版、本当に10万部も売れると思いますか。


2007年10月31日

名刺販売までやりだした、日本フードアナリスト協会

先日久々にお気に入りに登録しておいた「日本フードアナリスト協会」をクリックしてみました。
http://www.foodanalyst.jp/index.php
相変わらず講習料、入会費、年会費の収入を得るためフードアナリストの養成、認定に力を入れているようですが、肝心の格付け作業がほとんど進んでいません。
この協会の運営委母体である「アテナイオス株式会社」の格付けサイトを見ても、有名店、人気店の掲載がほとんどなくまったく充実されていない。そして一番の問題点は、始まって1年経つというのに掲載店の店データだけで「アナリストレポート」が書かれていないということです。これだけフードアナリストを粗製乱造しているのに、なぜレポートが掲載されていないのか。
http://www.athenaios.com/

彼らの言う店から頼まれて書くという「依頼格付け」(有料)もわずか一軒だけしかないのではないかといった話も漏れ聞いております。
ある大手マスコミも、あまりに胡散臭い団体なので取り上げるのをやめたとも聞きました。
そろそろうたい文句である、

当会は、業務提携先であるアテナイオス株式会社の目指す企業理念および事業ドメインに基づき、<食>に関わる仕事についている方には、さらにステップアップできるチャンスのご提供や実際の業務委託の依頼を、また資格認定により飲食店格付け業務の透明性のある公正中立な勝手格付け業務と依頼格付けに伴う業務委託を、さらに当会を通じて自己表現につなげたり当会が提供する<食>を通したソーシャル・コミュニティ・ネットワークへの参加をしたい方々…など、さまざまな場を提供したいと考えています。

を実現しないと、お金ばかり徴収されているフードアナリストの暴動がおこると思うのですがいかがでしょうか、横井さん。結果が全然でていません。
しかし、今どき、主宰者である横井さんやアナリスト達のような何らポリシーも経験もなさそうな人たちに飲食店がプロデュースや格付けを依頼するでしょうか。

そして最近はアナリスト受験者が減ってきたからかわかりませんが、既存のアナリストを対象に新たな商売を始めてきております。
フードアナリストの認定書を入れる額縁(4000円)、食卓賢人倶楽部所属のフードアナリストであることを記したカラー印刷名刺(5000円)などを認定者に販売しようとしているのです。
私の常識では恥かしげもなくこんな名刺を出せる人がいるとは思えませんが、横ちゃんは何を考えているのでしょうか。何ら自慢できない認定書を立派な「額縁」に入れて家に飾る人がいるのでしょうか。
アナリスト認定者から搾りとるだけで彼らに何か還元しているのか。1年経ってもこの協会の収入が受験希望者や所属アナリスト以外からないとしたら、それはこのフードアナリスト養成というビジネスモデルがまったく確立されていないということです。フードアナリストたちに何ら還元することができないならば、フードアナリスト養成事業は早晩行き詰るはずであります。
もうそろそろ、「あなたもフードアナリストになれる」といった誘いにひっかかる甘い人がいなくならなければならないと思うのですが、相変わらず訳のわからない投資話やマルチに騙される人が絶えないこの日本。この活動実態のないフードアナリストという資格にひっかかる人もまだまだでてきそうで友里は誠に心配であります。

2007年10月29日

ミシュランガイド総責任者のナレさん、料理人以上に勘違いしてまっせ

日刊ゲンダイからあのミシュランガイド総責任者のナレさんが朝日新聞(10/20版)で「勘違い発言」をしているとの連絡を受け、早速その記事を送ってもらいました。読者の方からは、先週発売の「女性自身」で林真理子女史との対談が載っているということでそれも早速購入。11/22に発売する「東京版」の宣伝のため、最後の追い込みとマスコミ露出に精を出しているようです。
この2つの記事を見て私は、どこかのリゾートホテル事業より注目されるミシュランガイドへ転職して舞い上がってしまったナレ氏を再確認したのです。

まず朝日新聞。いかに自分の顔が東京の飲食店業界に売れているかを自慢したいらしく、「席に着いてしばらくしたら、外出していたシェフがあわてて戻ってきてあいさつしてくれました。おかげで料理はどれもおいしく素晴らしいものでした」
何を偉そうに発言しているのか。虎(ミシュラン)の威を借りているだけの、ただの雇われ責任者。そのシェフは自分に敬意を示しているのではなく、ミシュランに頭を下げているだけというのがわかっていない。ミシュラン辞めたら、もう誰も相手にしてくれないということがわかっていません。しかもこんな話を自慢すること自体、知性や教養、礼節を感じません。
だいたい3月に開かれた東京版制作発表会に日仏のシェフを呼んだのも勘違い。
尻尾を振って駆け付けた吉野シェフ、平松シェフも料理人のプライドというものがないのか。本来ガイド本や評論家の評価は冷静にそして真摯に受け止め、それに対処するだけでいいと思うのですが、良い評価をもらったら売上が上がるからといって、ガイドブック側へ媚びへつらって恥ずかしくないのか。

そして制作発表に出たシェフの店、最初から星を確約した裏取引があるのではないか。わざわざ出演して星がつかなかったらそれこそ恥さらしになります。ということは密約があるとしか考えられません。昨年の段階で調査員は、「ロブション、ガニエール、デュカスの店は3つ星をはずせない」と話していたと漏れ聞いているくらい出来レースの感があります。東京版だけではなく、フランス版もこの程度のいい加減さなのでしょうか。
NY版が12万5千部売れたそうで東京版はこれ以上の成功を期待し、自信があるとも書いてあります。しかし、全盛期の「東京いい店うまい店」(文藝春秋社)でも5〜6万部のはず。東京の飲食店ガイド本は都外ではかなり売れ行きが落ちると聞きました。東京の店に関心のある人が他県に少ないということでしょう。単なる店データに星やスプーンの数の列記、せいぜいスペシャリテと内装の写真だけでは、そうは興味を示す人がいるとは思えません。

また、女性自身には、東京版では懐石、天婦羅、寿司、蕎麦など日本の料理店が全体の6割を占めていると開陳しています。和食系に5人のうち3人がフランス人(外人)という構成で、まともな評価ができるのか。マスヒロさんや犬養さん、そしてオコチャマの3人がパリへ乗り込んでフレンチのガイドブック出すようなもので、フランス人は誰も相手にしないと思うんですけど。
また、日本人調査員はプロではない人を9ヶ月フランスで訓練しただけで東京の野に放ったようです。どれだけ経験があるのか知りませんが、店にワインがないので近所へ買いに行ってから和食と合わせて飲んでいた、なんて漏れ聞いた情報を分析する限り、たいした調査員ではないと思います。
林女史との対談で、ナレ氏は「すきやばし 次郎」について、威圧感(結局はサービス)は星に関係ないと話しています。それはフォーク/スプーンマークで表示するので、星数はあくまでお皿の上だけの判断だとか。
それならなぜ身分を明かして食材の入手経路や厨房を調査する必要があるのか。お皿からだけでは判断できないからではないか。ナレさん、まったく言うことが矛盾しています。
吉兆や金田中は「一見のお断り」ということで掲載しないような発言をしています。しかし、吉兆、金田中の店には、誰でも予約できる店もあります。というか紹介制の店の方が少ない。それらの店を最初から除外しているのか、それとも載せないのには他に訳があるのではないか。
一般客の立場をとるならば、客の座っている時間や態度で請求額を変えるということを公言している不明朗会計の「次郎」は掲載するに値する店なのか。日本人はともかく、外人はこの不明朗会計を一番嫌うはずです。
「次郎」は今後外人には明朗会計にし、急かして食べさせないとの言質を取ったのか。日本人にだけ不明朗会計を続けるということなのか。
またほとんどの人が東京最高の割烹と認める「京味」、こちらもコース価格ははっきりしていません。季節の食材によっても大きく異なるはずです。

私は「次郎」や「京味」の掲載の有無がミシュランを信用できるかどうかの分水嶺になると考えます。日本人みんなが褒めたたえ(友里など一部を除いて)、日本一と煽られている「次郎」を、不明朗会計などを理由に掲載しなければ、私は少しはミシュランを見直すのですが、過食のオコチャマ以上に鮨がわからないと思われる外人3名に経験の少ない素人日本人調査員2名、そして本来のコンセプトを捨てて営業至上主義に突っ走るオリエント急行やリゾートホテルのマネージメント専門のナレ氏にその勇気があるかどうか。
すでに東京で高い評価を受けている店を主体にそのまま掲載し、フランスの有名フレンチの日本支店に甘い評価をするならば、内容が読み物としては楽しめないこのガイド、買っても全然役に立ちません。ぜいぜい人から借りてきてチョイ読み程度のもの、10万部以上なんて難しいと思うのは友里だけでしょうか。
私は皆さんに問いたい。これでもミシュラン東京版を信用しますか、買いますか、と。
あの伊藤章良氏がミシュランに問題提起していることを読者の方から教えていただきました。ミシュラン東京版は、フランス本国のレストラン本店の日本進出の後押し、販売促進だと大胆に発言しています。
http://66frogs.com/frogs2007/eatout/eatout07_10.html
彼にしては珍しいシビアな問題提起ですので、ぜひお読みください。

2007年10月24日

夕刊フジで日本フードアナリスト協会の宣伝を見つけた

10/17付(16日発行)の夕刊フジを何気に読んでいて見つけたネタです。
6面が「全面広告」(欄外に小さく表示)になっていたのですが、「日本フードアナリスト協会」への突撃レポート、Q&A形式でかかれているので読者は「取材記事」と勘違いしてしまいそうでした。
「フードアナリストは日本で初めて認められた“食・食空間”を評価・分析する専門家」とありましたが、単に商標登録しているだけの私的な資格ではないか。
公に認められた資格のよう受け取れるあらわし方ですが、私企業であるアテナイオスを運営母体にした団体が勝手に発行している資格のはずです。
メリットを聞かれての答「正式にフードアナリストと名乗れます。」には
笑わせてもらいました。こんなの名乗っていわゆる外食好き、食通を自任する人たちが一目置くとでも思っているのでしょうか。しかもこの資格、かなり乱発しているようです。
今尚フードアナリスト希望者を宣伝で募集しまくって、代表の横井氏はどんな将来的なヴィジョンがあるというのか。何千人も乱造して、その活躍の場を全員に与えられるのか。発足して1年は経つはずですが、店からの有償での「依頼格付け」はわずか1件と漏れ聞きました。しかもその店の実名は公表しないとか。もう一つの収入源とうたっている専門誌、雑誌への執筆依頼も所属のアナリストに来ていないのではないか。フードアナリストを何千人も抱えて、彼らに仕事の場やメリットを与えることができるとは思えません。飲食店や出版社などからの依頼による収入があるとも思えません。
つまりこの協会は、宣伝に釣られたフードアナリストを希望する人の受講料、教材費、受験料、登録料、年会費といった受験希望者やアナリストからの上納金で成り立っているだけとしか考えられないのです。そしてジャブジャブ宣伝費を使っているだけ。
ちょっと考えれば胡散臭いビジネスモデルだとわかるのですが、こんな協会のカモ募集に、広告収入を得るとはいえマスコミが加担してしまっていいのでしょうか。いずれは会員(アナリスト)が落胆するのは目に見えています。なぜ他の媒体が問題視しないのか、友里は理解できません。

2007年10月22日

村公一氏は本当にカリスマ漁師なのか

おそらく日本一有名な漁師になってしまったのではないでしょうか、鳴門の村公一さん。
彼が提供する鱸や鯛が日本一かどうかは誰も立証できないと思いますが、「ダンチュー 6月号」だけではなく「情熱大陸」というTV番組でも大々的に紹介されてしまいましたから、一漁師としては正に画期的なことだと思います。
昔は徳島中央卸売市場に出していたらしいですが、現在は飲食店などへ直接販売しているとのこと。市場での卸値の倍以上で売れると言いますから、ホント、いい商売しています。
しかしその経緯をダンチュウなどで見てみると、案の定お決まりの「仕掛け人」が存在しているんですね。村さんの場合は徳島の地酒専門店「おおさかや」の主人と「悦凱陣」という醸造元の社長といった日本酒の関係者であります。
この「悦凱陣」、純米吟醸無濾過生酒で有名なようです。
この仕掛け人となった「おおさかや」に村公一さんを紹介したのが、吉兆で修業し徳島の名店?と一部の仲間内で言われている「虎屋 壺中庵」の主人です。日本一の和食と過大評価していた副業ライターもいましたっけ。
村さんが直接出荷している都内の店は、「岸由」、「カンテサンス」、「出雲」、「新八」、「こびき」、「レ・ブランドゥ」など。勿論徳島の「虎屋 壺中庵」にも販売しているようです。
「岸由」、「こびき」から言えるように、インパクトの強い純米吟醸無濾過生酒を主に置いている店が多いことがわかります。そして上記の多くのお店、誰かさんが盛んに推奨していたのを覚えているでしょうか。
そうです、村さんを「カリスマ」と絶賛しているあの芝浦工業大学の古川教授さんが褒めている店がかなりの確率であることにも注目してください。「岸由」、「こびき」、「レ・ブランドゥ」、「虎屋 壺中庵」などなど。確か「悦凱陣」も親しい、いやお好きなお酒ではなかったでしょうか。自分の好きな日本酒や親しい人が扱う魚や鴨を仕入れている店を主体に紹介しまくるスタンスの副業ライターです。
村さん、純米吟醸無濾過生酒メーカー、酒屋、飲食店、そして古川教授たちの密接な関係がわかるというものです。

ここで読者の方から面白い情報をいただきました。
その方も村さんのことが気になったらしく、徳島中央卸売市場に問い合わせをしたそうです。村さんの魚が欲しいと。
まず市場は個人の方や漁師が単独で魚を持ち込むことはできず、必ず二軒ある中卸を通じて競りにかけられるそうです。
二軒の中卸に「今話題の村公一さんの鱸を手に入れたいのですが・・・」聞いたところ、
「???そんな人は知らんなぁ???」というもの。
ま、TVや雑誌の企画物ですから、所詮現地ではこんなものだと思います。現地ではなく、東京でしか知られていないというのはよくあることです。

また、以下に明石浦漁協のHPにある「魚の締め方」というページのURLを示します。
http://www.akashiura.or.jp/akashinosakana/simekata/simekata.htm
ほとんど村さんがやっているのと同じではないですか。「魚のストレスをとるため一晩水槽で生かす」という考えや魚の〆方、どうやら村さんの専売特許ではないようです。
また、「漁法」というところを見てください。
http://www.akashiura.or.jp/akashinosakana/gyohou/gyohou.htm
鯛、鱸など高級魚は「一本釣り」をしているようです。
でも村さん、TVを見る限り「刺し網」です。
網を使わず効率の悪い「釣り」を選ぶのは、魚をより傷めず確保するためなのは世間の常識です。
魚と会話ができるのか、村さんは「この魚は、養殖場から逃げ出してきたお父さんと天然魚のお母さんの間に生まれた子や」とか、「この魚は2週間前に失恋した」とか人前で話すとダンチューにありました。
これを聞いてマジで納得する人が子供以外にいるでしょうか。非常にカルトっぽい、いやはっきり言えば胡散臭い人です。
魚の〆方は明石と大差なし、漁法は高級魚(村さんの場合は高額魚といった方がいいか)にしては配慮のない「網」使用。魚のストレスをとるため一晩水槽でゆっくりさせると言っても、網使用による魚の傷みに鈍感では統一性がないではないか。傷ついた魚を一晩水槽で泳がしても、その魚は痛い思いを引きずるだけで意味ないではないか。
これで本当にカリスマ漁師、日本一みたいな漁師と言えるのでしょうか。これで倍以上の価格で取引していいものなのか。彼の提供する魚が他の漁師のとった魚を押しのけて、日本のトップレベルと言えるのでしょうか。
実力や実態に疑問ながら有名になった人には、その「仕掛け人」の存在と、根拠がないか、とうに知られている手法をいかにも画期的と脚色する「能書きの垂れ流し」が背後にあります。最近では亀田兄弟が浮かびますね。
私は村さんの鯛、鱸の質が悪いと言っているのではありません。ご本人も色々工夫されているようですから平均以上のレベル、いや上の部類の魚かもしれませんが、周りの仕掛け人に担ぎあげられて若くして勘違いしてしまったような様はいかがなものか。
いや、村さん以外に全国で頑張って日夜創意工夫している漁師のみなさんに対して、仕掛け人たちは村さんだけを持ち上げてしまって失礼になると思っていないのでしょうか。
この構図は、「すきやばし 次郎」が日本一の鮨屋と煽りまくられた経緯と非常に類似していると考えます。
もう一人いました、仕掛け人に祭り上げられて勘違いしてしまった人が。
ちょっと食べ慣れた方ならその底の浅さ、胡散臭さがわかってしまう「過食のオコチャマ」来栖けい氏であります。
食材の原産地の違いがわかると豪語していますが、虚しくないのか。恐らく気軽に親しい人にホラふいてしまって引っ込みがつかなくなってしまったのでしょう。何しろあの「入船」が「日本一の鮨」と判断した舌の持ち主です。本当の鮨の旨さもわからない人が原産地を当てることができるはずがありません。
だいたい、海外の経験がないのに原産地云々言われても誰も信じませんぜ。
マスコミで不自然に取り上げられている「自慢話」、「能書き」や「伝説」、まずは疑ってかかる必要があるでしょう。

日本一有名な漁師になってしまった村公一さん、マスコミや仲間内の副業ライターが煽っているように本当に「カリスマ漁師」なのか、彼の出荷する魚が他の漁師(産地)のものとそんなに質が違うのか、飲食店関係者、漁業関係者、流通業界関係者の方からも本音のご意見をうかがえれば幸いです。


2007年10月01日

過去のネット情報が消滅している服部幸應先生

タイミングが悪かったというか本人には最高だったのでしょう、安倍元首相の「無責任辞任」のおかげですっかり服部幸應先生の「家柄偽装」が埋没してしまいました。
実妹も含めて服部先生が各出版社から広く本を出していたこと、TVもNHKを含めて各局に出演していたこと、などからこの業界の暗黙の掟というか、問題視して後追いする雑誌やTV局が少ないことは当初からわかっていたのですが、日刊ゲンダイ、週刊文春、女性自身の1紙、2誌だけの掲載で終わったことは先生にとって願ってもないことであったと思います。
これらの記事の後だと思うのですが、ネットで服部先生の家柄偽装を示す物がどんどん削除されて読めなくなっているのが気になる点であります。
読売新聞で昨年11月に掲載されていた「カラスミ記事」、削除されているようで、「カラスミ」、「服部」、「読売」で検索しても出てきません。魚拓をとっていて良かった。
9/23のブログで書きました、アーカイブからの服部栄養専門学校の沿革、もう見られないようになっております。これも魚拓を取っていたのですが、文字化けからエンコードで変換できなくなってしまっております。一応紙に打ち出していたので証拠は残っているんですけど。
読者から教えられた2ちゃんの「料理家・服部幸應が名前と経歴を詐称?本人直撃」といったスレ、わずか数日で940チョイまでレスが付きましたが、1000にたどり着く前に閉鎖というか読めなくなっております。これまた不自然。
友里に関するスレではかなりの罵詈雑言が並べられているようですが閉鎖なくどんどんスレが更新されていることから、何らかの働きかけがあったとしか考えられません。関係者に「友里スレ」を閉鎖する手法をお聞きしたいものです。
そこで友里は絶対に消せない過去の記事を確認してきました。やはり読者の方から聞いたのですが、1990年に発売された月刊誌「月刊 専門料理」。有栖川の図書館で1月号から12月号まですべて閲覧してきました。
1ページつかった服部栄養専門学校の宣伝で、「服部学園は、戦国時代(1561年)古い伝統に培われて料理の教場として発足。依頼、明治18年(1885年)に家庭料理の教場として・・・」としっかり生徒募集の「釣り文句」に用いていたのです。服部先生の発言に「そのことを謳い文句に学生を募集した覚えはない」と週刊文春にありましたが矛盾しておりました。勿論1時間待ちましたがいくつかコピーしてきております。
仮に服部茂一氏から染谷栄氏(先生の実父)が料理学校を本当に継承していたとしても、茂一氏の先祖は1561年から料理の教場にたずさわっていたのでしょうか。茂一氏が普段からそのように触れまわっていたのでしょうか。
過去のネット情報などが消えてしまって一般読者の記憶からは消えてしまうかもしれませんが、先生はTV関係者などにかなり家柄自慢をしていたようですから、岸朝子氏など同業者の驚きとその記憶は無くならないと考えます。
一般読者より同業者、業界人に対して今回の報道は影響があったと考えます。

2007年09月23日

過去の学校沿革を見つけました

しつこく服部先生ネタが続いて申し訳ありません。次々と情報が集まってくるものですから随時発表させていただきます。
読者の方から、過去の服部栄養専門学校の「学園の歴史・沿革」がアーカイブを使えば読めるというのです。早速やってみたところ、文字化け。しかし、その画面を右クリックしてエンコードを日本語(自動選択)にすれば読めることがわかりました。
内容は驚きというか、お笑い。
しっかり「沿革」に永禄4年(1561年 戦国時代)が載っております。織田信長や今川義元の名前まで出てきています。
服部という家柄が学校宣伝に利用されていたといわれても仕方ないと思います。
しかし、両親から伝えられて4年前まで信じていたという「服部流割烹家元」ですが、それが本当なら創立以来学校沿革にこの「永禄4年」が書かれているはずだと思うのですが、実際はいつごろからでてきたのか、非常に興味があります。
まずはご覧ください。以下にURLをリンクしますが、最初の文字化けに驚かないでしっかりエンコード設定してください。
http://web.archive.org/web/19990203114310/http://www.hattori.ac.jp/history.html

アーカイブを使って、服部栄養専門学校のサイトの「学園の歴史・沿革」を示す(www.hattori.ac.jp/history.html)を入れて検索するともっと見つけることができます。
ご感想をお待ちしております。

2007年09月21日

何も悪いことはしていない

服部先生の主張だそうです。今の私の見てくれ。家柄なんかまったく関係なく今の地位を築いている。ということでしょうか。
私も「何で騒いでいるのか。ぜんぜん問題ないではないか。」といったメールを1通いただきました。

家柄偽装がそんなに大騒ぎするほどの大問題なのか?
大問題というからにはそれ相応の被害、損害、損失があるはず。
それを明確にしなければ読者を納得させることはできない。

というものです。
なぜ、友里は服部先生に対して「家柄偽装」が悪いと考えているのか、その方へ出した返信が当然跳ね返ってきましたのですが、以下にその骨子を書きまして私の考えを明確にしたいと思います。

「家柄偽装」というか「家柄詐称」ですが、仮に実害がな