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2006年08月31日

Qサイト連載コラム一時閉鎖のお知らせ

読者の方のリクエストで始めた「Qサイト連載コラム」、好評でしたが残念ながらとりあえず一時閉鎖することになりました。
私の考えが甘かったのですが、Q事務所から「ページデザインの著作権」に触れるから早急にデザインの変更をするようにとの通達を受けました。円満退社する際、3年分のデータをあっさりいただけたこと、デザインをそのまま使うといってもコラム自体の著作権は友里征耶にあるので、それを使って新しいコラムを書くわけではなく、過去の掲載コラムだけに限定しているので細かいクレームは付かないだろうと思っておりました。
あまり強調したくなかったのですが、「3年間の無償奉仕」も含めての許可をお願いしたのですが予想通り、ノー。デザインを変更するか、Qサイトへのリンクを張る(Qサイトのライブラリーで閲覧できる)かのどちらかしか選択肢はなくなった次第です。
弟子が考案した料理でも店で働いているときのものだから、独立後は造ってはいけない、といった感じでしょうか。逆の立場で私ならば、あまり気にしないのですが結構シビア、人それぞれ価値観は違うということです。他のサイトのURLの貼り付けを原則禁止しているのに他のサイトでの自サイトの貼り付けはオッケーというのもなかなか私には理解できません。
とにかく無断流用となりますので、早急に手を打たなければならないのですがただ問題が一つ。3年分のコラムのデザインを変更するのは膨大な時間がかかります。つまりかなりの費用がかかるとのこと。職業料理評論家や職業ライターと違ってわずかな印税と夕刊紙や週刊誌の原稿料で大赤字の友里としてはこの出費は厳しい。さりとて、リンクを張るのは私の反骨精神からいって癪。先方には私のコラムが今尚あるのもちょっと釈然としません。
そこでとりあえず一時閉鎖をすることに決定しました。このブログを掲載したあと、製作者の方に一時閉鎖の依頼をすることとします。何か妙案がなければいずれ完全閉鎖、消滅となるでしょう。
ご意見や対処方法などのアドヴァイスがありましたら、メールをいただければ幸いであります。


2006年08月29日

大丈夫なのか、両ヒルズ

全国的に夏休みだった先日の日曜、久しぶりに表参道ヒルズへ行きました。近辺で所用をすませ、どうせ駄目だろうと車で立ち寄ったのですが、意外にもほとんど待たずに駐車できたのには驚きました。
店内は相変わらず鮪など回遊魚のごとく、客がグルグルと回っていましたが、オープン当初の熱気がありません。飲食店フロアの店は一部を除いて行列もありませんでした。六本木ヒルズと違って飲食店の割合をかなり減らしたはずですが、それでも間に合っていると言うことなのか。
ショップも順調ではないようです。客が入って購入しているのは、靴下など単価の低い店が主体で、ちょっと値が張る店では同じく活気がないのです。物珍しさを求める観光客がいくら訪れても、お金を落としてくれる客が入店しないのではテナントは辛い。森ビルが推進している再開発プロジェクトは根本的に見直す必要があるのではないか。無理してブランドなどを集めても、リピーターがわざわざそこへ買いに行く必然性がなければ、客は入らないからです。新規の客に期待しようにも観光客がほとんどでは多くを望めません。
駐車料金のチェックをしていたら、なにやら女性スタッフが近づいてきてサービス券を手渡して去りました。無期限有効の「六本木ヒルズ2時間無料駐車券」でした。兄貴分の六本木ヒルズも集客に苦労していることを自ら宣伝していたのです。
その六本木ヒルズへも行って驚きました。本館近くは観光客が居るのですが、「みかわ」や「次郎」など高額飲食店がある「けやき坂通り」地域はほとんど人通りがありません。
その本館部分でも、「ラトリエ ロブション」の前の広場は激変していました。アフリカフェアなるイヴェントの他、無料休憩所としてテーブルや椅子が設置されています。誰でも自由にそこへ持ち込んで飲み食いができるヒルズ側のサービスでして、ラトリエも廉価な飲み物やパンなどのテイクアウトをはじめていたのにはビックリ。一応高額店のその店先で、弁当やらペットボトルを広げたカップルや家族連れが溜まっているのですから、ラトリエへ入ろうとする客は興ざめし、イメージダウンではないでしょうか。
貧すれば鈍する、そんな言葉を思い出した六本木ヒルズ訪問でした。

2006年08月24日

アルキメーデ

マスヒロさんとは違ったヨイショ、紹介の仕方で生業に励んでいる「やまけん」さん。食材の生産地、生産者を不自然に持ち上げて紹介しているので前から胡散臭い人だと思っていたのですが、その彼と知名度はかなり落ちるでしょうがやはりヨイショ系のグルメ親父の古川修さんが絶賛していたシチリア料理店がこの「アルキメーデ」です。
神泉駅の出口のほぼ対面。赤いロゴの半地下の小さなお店であります。シチリア料理だというのにこの店はプリフィクスのコース(6000円)の1本勝負です。よって、小学生以下の子供の入店は不可。コース総量のボリュームがかなり多いのが特徴です。
最初に出る鹿熊豚のリエットとレバーペーストは可もなく不可もなし。他店でも出会えるレベルであります。しかし、その後つづく料理に驚きです。突き出しの人参のズッパのあと、シチリア風の前菜が小皿で
8皿くらい出てきます。カツオ、トリッパ、カポナータ、トマトモッツァレラ、ナスのフライ、鰯などなど。どれもシチリアテイストであることは間違いなし。その後が本日のパスタと5種ほどから選んだパスタの2種が一皿に盛られて出てきます。ペスカトーレなど傑出さを感じないまでもまずまずでしたが、早ここでかなり満腹になります。
メインはウリの鹿熊豚のロースやハラミなど各部位のローストを頼んだのですが、これが半端な量ではありません。肉は旨みもあり悪くはなかったがかなり大食いだと自負しているこの私が食べきれませんでした。こんなことは滅多にあるものではありません。
全体に塩をきつめに効かした味付けは悪くない。しかしシェフは大きな勘違いをしていると思います。量が多ければいいってもんではありません。つまり、料理と味付けのバランスとコースの構成が悪いのです。全体に濃い目の味付けの料理ですから、それほど食べられるものではありません。特にメインの豚は、ジュに醤油かモロミのようなものを加えているように感じるほど味濃いものでした。これだけ濃いとかなり胃に負担がかかります。絶対食べきれないので子供が不可なのでしょうが、一般男性でも無理でしょう。ではなぜ食べきれないほどの量のコース構成にするのか。量を減らして価格を下げろといった野暮は言いません。量が多いことをウリにしたいのでしょうが、残してしまっては本末転倒。家に持って帰って食べてもおいしいはずがありません。
そして8種の前菜も問題です。ほとんど知られた料理が出てきますから、一度に味わえるのはいいですが次回に行く気がしなくなります。シチリア料理は好きなものを選んで仲間とシェアして食べたいものです。前菜8種を丸ごとしょっちゅう変える事は不可能でしょう。初めての客には知られた料理を出さなければならないからです。二度目以上の客用に別の8種を用意することは出来ますまい。メインに牛や子羊といった別の食材を用意しているようですが、この量を味わってしまうと、メインの食材の違いだけでリピートする気がでるかどうか。
多皿前菜とビッグポーションのコース料理、その戦略がかえってリピート客を限定して自ら首を絞めることになるのではないかと私は考えます。

2006年08月21日

久々のブログ更新です

長いお休みをいただきました。ようやくブログを更新させていただきます。
と言いましても、この1週間あまり、旅行に行っていたわけではありません。家にこもって新著の原稿をひたすら書いておりました。編集者からの無言の圧力というのでしょうか、そして共著の人へのライバル意識もあり、クーラーの中一日ほとんどPCと向き合っておりました。ただし食事時は別。残った店の取材を兼ねて、しっかり昼、夜は抜け出してました。
久しぶりに西麻布近辺の店に入ろうとうろついたのですが、結構店が変わっている(潰れている)ことに気がつきました。方角が悪いのか、風水に合っていないのか、同じ場所で何回も店が変わっているのです。たとえば香港ガーデンとドゥリエールの間の3階建てのビル。最初は中華が入っていたと記憶していますが、それがコラムでも取り上げた変なダイニング「もぐら」になり、パン屋になったと思えば昨年は「ディア スープ」というスープとパスタの店になり、この夏再び閉店となりました。対面のピッツェリア「サルバトーレ」も宅配はまずまずながら店内はさっぱりですから、この地域はもう賞味期限切れなのか。「和心」が相変わらず江戸前鮨がわからない業界人を呼び込んで一人勝ちのようです。
そして日赤商店街通りからちょっと広尾ガーデンヒルズ寄りへ入ったところのバブリーなビル。テナントが入っているより空室の期間の方が多い場所なのですが、ここもこの何年でテナントがどんどん変わっています。1階はドッグカフェとペットクリニックになっているようですが、あまり人が入っていません。昨年秋にオープンした地下のフレンチは、1年持たず撤退。なにやら工事をしていましたが、オープンしたようでちょっと覗いてみてびっくり。なんと店前のロゴは「まっくろう」(アルファベットなのですがスペル忘れました)。確認はしませんでしたが、味のわからない芸能人と業界人の御用達だった六本木の創作洋食屋の移転と読みました。店前のお祝いの蘭は2つ。江川卓氏とアーネスト・ジンガー氏でしたが、この二人を前面に出すということは移転してもまともな食通を相手にしないということでしょうか。ワインは当然「ミレジム」からの仕入れなのでしょう。しかし一昨年のロブションとパーカーのコラボの100万円ディナーの仕掛け人であるジンガー氏。アカデミー・デュヴァンの顧問という別の肩書きで出ていましたが、もともとはワインのインポーターとパーカーのワイン評価本の監修者のはず。TVの特集でも取り上げられていましたが、出席していた鰻屋「いちのや」の主人をレポートして店まで宣伝していましたからヤラセの一種といえるでしょう。なんだか見ただけで胡散臭くなる新店祝いでありました。

ようやくHPの体裁が整ってまいりました。後は店評価のブログの完成を待つばかりですが、肝心のソフトが間に合うかどうか。私は良くわからないのですが、ご希望のあったRSS対応もしてあるとのことですので、今後もどうぞよろしくお願いします。出版社の許可がでましたら、新著の概要など宣伝を兼ねてお知らせしたいと思います。

2006年08月10日

「美学」や「矜持」という言葉は死語になったのか

私は以前から料理人の主張の矛盾を突いてきました。「客の事を第一に考えている」と雑誌で言ってながら実は客無視で利益だけを考えている店がなんと多いことか。何も偉そうなことを言わずにせっせと儲けている店の方がはるかにマシであります。
料理店の話からは脱線しますが、最近話題になっている件でも主役の矛盾がかなり目立っていて私には聞くに堪えないもの。彼らには「美学」や「矜持」という拘りがないのでしょうか。

たとえば小泉純一郎さん。時期も時期、靖国参拝で国論が二分しているようです。参拝がいいのか、悪いのか。他国の言いなりになっていいのか、国益を優先するのか、分祀すればいい、いやできない、といった議論に終始しがちですが、私は違った突っ込みをしてみたい。
確かに参拝は個人の自由、心の問題であります。「英霊に感謝したい」と年に一度の参拝をしている小泉さん。しかし、本当に感謝してるのであれば、毎日夕食の前でも寝る前でもいい。「日本の繁栄、そして私小泉純一郎が今日あるのは皆様のおかげです」と毎晩靖国の方へ向かって祈ればいいのではないか。わざわざ正装して年に一回だけ行くよりも、毎日の感謝の祈りの方が大事。車で近辺を通りかかった際にも、毎回その方へ頭を下げ感謝したらどうか。目立つ年に一度のパフォーマンスより、人目につかない日頃の感謝、祈りで充分その思いは伝わり、英霊たちも喜ぶのではないでしょうか。
人知れず英霊に常日頃感謝し続ける、玉串料も誰にもわからないように代理の人に渡して持っていってもらう。「心の問題」だからこそ、パフォーマンス(形)ではなく本当の気持ちが重要だと思います。誰にもわかってもらえなくとも「自分の心の問題」だからかえって隠れて行動する。格好いいではありませんか。
人に自慢せず、誰にもわからずやり遂げる。これが「美学」であり「矜持」であると思うのですが、ただの
パフォーマンス重視の政治屋に要求することは無理というものかもしれません。
いや、俺は毎日頭を垂れて感謝、祈り続けているというのなら、物議をかもしてまでわざわざ年に一回目立っていく必要はないと考えます。
しかし、本当に最近はこの「美学」、「矜持」という言葉が重要視されなくなったと感じるのは、友里が年とってしまったからでしょうか。

2006年08月07日

更新がなかなか出来ずすみません

最近更新が途切れがちだとのご指摘をいただきました。確かに週に3回ほどしか更新していません。
まったくの言い訳なのですが、新著の原稿締め切りが迫っていて焦りの毎日であります。焦れば焦るほど手につかず無駄な一日を過ごしてしまうのですが、それにつられてブログ更新も思うようにできなくなりました。暑さも一段落し、原稿も書き上げた今月末からはまた張り切る所存でありますので、しばらくこの体たらくをお許しください。ネットでは「つまらんブログを書くくらいなら更新しないほうがましだ」と言われそうですけど。
さて、数日後にはやっと過去ネタ(Qサイト3年分と今年の日刊ゲンダイ連載分)のアップができます。ようやくHPの体裁をいくらか取れるようになりました。
そのタタキを見て、2003、2004、2005、2006と足掛け4年にわたってよくもほとんど毎日コラムを更新したものだと我ながら驚きました。中には数稼ぎと言われそうな内容薄いものもありますけど。
友里のこの活力はどこから生まれてきていたのか。答えは簡単。「さとなお」さんや他のブロガーと同じく、注目されたい、話題になりたいという「自己顕示欲の強さ」以外の何物でもありません。
今年は原稿書きで夏休みは旅行なし。よって週の回数は少ないでしょうが更新はこれからもしていくつもりであります。
どうかよろしくお願い申し上げます。
(今日のブログも回数稼ぎと叩かれそうです。でも「さとなお」さんのは毎日こんな薄い内容なんですけどね)

2006年08月06日

固形ルゥーはバー以外でも使っている

沖縄料理ほどの反響はありませんでしたが、今回の「固形カレールゥー」の件でも読者の方からいくつかメールをいただきました。その中で、面白い情報がありましたので紹介させていただきます。
なんでも、固形のルゥーを使ったカレーを出す店は、「バー」だけではないとのこと。広尾の明治屋からそう離れていないところの有名店「F」。和食か居酒屋か私は行ったことがないのでジャンルの判断がつかないのですが、雑誌などに主人や店がかなり露出しています。特に「肉じゃが」で有名なその店の裏メニューにはカレーがあるそうです。高評価され大量に造られた「肉じゃが」を有効利用するために考えたのがカレーへの転用だとか。肉じゃがと固形ルゥーのハーモニーがこの店の有名裏メニューです。
私はコンビニでこの店のレトルトカレーを購入して食べたことがあります。和風の出汁味を感じるものでしたが、私にはちょっと奇異に感じたものでした。
確かにカレー専門店ではなく、サイドメニューとしてのカレーですから固形カレールゥーを使用してもかまわないと考えます。だいたい、最近人気になっている「裏メニュー」ですが、もともとは「まかない料理」のはず。通い続ける常連客が面白半分に食べて楽しむものでして、そんなに競って注文するものではないと私は考えます。
しかし、ホテルの廉価レストランのカレーも業務用のレトルトが主体のはず。専門店でも業務用レトルトに若干の手を加えて出すところもあるようですから、日本アレンジのカレーは手を抜いた物でも結構誰にでも受け入れられるようです。
ホテルの話がでたのでついでに。当初からホテルの料理に疑問を持つ友里。ホテル売店やデパ地下で売り出されている食品やクッキーがホテルで造られていると信じている方は皆無に近いでしょう。専門のメーカーが造っているのは周知の事実であります。それでもまだいろいろな所で扱われているのですから、「ホテル神話」は健在のようです。

2006年08月04日

大量の固形カレールゥは何に使われるのか

先日広尾・明治屋の沖縄フェアへ行った際、大変興味深いものを目撃してしまいました。
沖縄特産品を買うためにレジに並んでいたのですが、私の直ぐ前で会計している男性のカゴを何の気なしに見て驚きました。箱入りの固形カレールゥが大量に入っているではありませんか。
5箱や10箱ではありません。おそらく40箱か50箱あったでしょうか。色々と想像することが好きな友里のこと。すぐさま考えを巡らしたのです。

1、こんな大量の購入は、一般家庭ではない。
2、固形カレールゥを使用するということは、「カレー専門店」ではないだろう。各種スパイスから丁寧に造っているか、いい加減なところでも業務用のレトルトを使用しているはず。
3、会社など寮の食堂、学校などの給食でもないだろう。もし購入するとしても明治屋ではなく仕入れ業者を通すはず。

では家庭のカレーに使うカレールゥをこんなに大量に買い付けている人は何に使用するのでしょうか。購入した人は、ややお年を召された男性でしたがチョット見、普通のオジサンの雰囲気ではありません。業界っぽい人。そこで私は弱い頭をフルに回転させてある推測を考え出したのです。
広尾というと西麻布に近い。西麻布で安易なカレーを出すところがあるだろうか。チョット見、一般人には見えない人ということで、私は独断ですが「西麻布のバー」にたどり着いたのです。
もしかしたらバーで出すカレー用に購入しているのではないか、と。
以前から雑誌などが、西麻布の「バー」では裏メニューとして「うまいカレー」を出すと盛んに取り上げておりました。
一般にバーは厨房施設が整っているはずがなく、どうやってそんな「旨いカレー?」を出すのか不思議でありました。業務用のレトルトは味が似たようなものなので裏メニューにならないと思っていたのです。
早速どんなカレールゥだか売り場にもどって確認したところ、平塚の「株式会社フリーデン」という会社の「スパイシーカレー」なるものであることがわかりました。
香り高い40種ものスパイスを使い、化学調味料や陳皮を使用していないとのこと。仕上げ用に「ガランマサラ」も入っているようです。
SBやハウスでなく、「やまと豚」を一貫生産しているフリーデンが販売元となっているカレールゥを使用するところがミソなのかもしれません。
でも、もし本当にバーの人気裏メニューである「カレー」が、家庭と同じく「固形カレールゥ」で造られているとしたら、有り難味はなくなりますね。
道徳上、購入者の後をつけることはしませんでしたので、本日のコラムはあくまで友里の推測であることを付け加えさせていただきます。

2006年08月01日

伊勢丹 大沖縄展

沖縄料理に対する昨日の問題提起、かなりの反響というか、ご批判のメールをいただくだろうと覚悟していたのですが、意外にも肯定的なご意見ばかりでちょっと拍子抜けしてしまいました。かなり力入れて身構えていたからです。
「自分もそう思っていた。」、「誰かが口火を切るのを待っていた。」、「思っていたよりうまい、の『思っていたより』がいつの間にか抜け落ちただけ」などなど。
友里はほとんど沖縄料理の経験がなく、この伊勢丹フェアのわずか3店ほどの料理を食べただけで、沖縄料理の味に疑問符を打つのは暴走ではないかとのご意見もあるかもしれません。(メールではいただいておりませんけど)
確かに無作為に選んだ「わずか3店」の料理でしたら結論付けるのは暴走であります。しかし、昨日私が挙げた3店は、伊勢丹が自信を持って選んできた沖縄料理の店のはず。フェアの目玉としてパンフなどでも別格の優遇を受けている店です。「これが沖縄料理の名店だ」と言っているようなもの。
「さとなお」さんもHPで、この「きしもと食堂」や「うりずん」をよくまあ出店させた、さすが伊勢丹だ、みたいな文調で書かれておりました。
例えて言えば、日本の短距離のトップアスリートを呼んで簡単に打ち負かしたアメリカが、「日本のレベルはまだまだだ」といっているようなものです。間違っておりません。国体、インカレレベルの選手を選ん比較したわけではないのです。
「この3店を沖縄料理の代表、トップというのは間違いだ。もっとレベルの高い店が沢山ある」というのでしたら、伊勢丹のこのフェアのプロモートはインチキ臭いことになります。たいしたことない店を、あたかも名店のように宣伝してフェアの目玉にしてしまったのですから。「さとなお」さんも同罪と言えるでしょう。

私は何も沖縄料理の調理法を否定しているのではありません。化学調味料も否定していません。ただ、素晴らしい、絶品というにしては、あまりに化学調味料の投入が多すぎるのではないか。出汁の良し悪しはバランスであり、カツオが突出してしまったスープが絶品のわけがない。丁寧に造っているのは認めるが、なんら傑出したものを感じない沖縄料理の弁当だった、と言っているだけであります。

最近は、地酒、地魚など「地もの」に人気があつまるようです。雑誌などでも地元料理の特集を組む企画をよくみます。確かに素晴らしいものもあるでしょうが、そうは感じないものも多いはず。猫も杓子も同じ意見、ヨイショではなく、先入観なしの違った考えも一つは必要だと考えます。